『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない』を観て、じんたんを妬み、めんまに泣いた話(感想)

どーもー、ゆとりです。

先日、前々から気になっていた『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない』、略して「あの花」を、一気観しました。

観る前に持っていたイメージとしては、「恋愛もの」「青春もの」「感動もの」ということで・・・

なんとなく、純粋な涙を流したいなと、、、青春時代の純粋な気持ちを少しでも思い返したいなと、、、なんか、そういった心境だったので、

じゃー、「あの花」観てみようかなとなったわけです。

「あの花」のストーリーを、ザッと言うと、

小学生時代にいつも一緒にいた6人の幼なじみグループ。

舞台は、この幼なじみがそれぞれ成長し高校生となった時期になります。

小学生時代には、いつも一緒にいた6人だったのですが、その内の一人(「めんま」というヒロイン)が不慮の事故で亡くなった時を境に、6人は自然とバラバラになっていき、

以降、それぞれ別々の道を生きていくのですが、

高校生に成長した「じんたん(6人の内の1人で、主人公)」のもとに、なぜか突然死んだはずの「めんま」がやってきて、それをきっかけに、再び6人が同じ場所に集まり、絡んでいくというストーリーになっています。

※「死人」が生き返るといった、ありえないストーリー設定ではありますが、サスペンス系でもミステリー系でもありません。

【あの花:紹介動画】

とまぁ、ザックリこんな感じのストーリーとなっていますが、

「あの花」を最後まで観てみて、色々と思う事や、感情を揺さぶられた事があったので、それらをつらつらと記していきたいと思います。

『あの花』の主人公:「じんたん」に、自分を投影してしまい、観るのを止めようと思った話

主人公の男子高校生・・・「じんたん」

こいつね。

あの花 じんたん-1

人は、アニメやドラマを観るときに、無意識に自分と存在が近いキャラクターに「投影」してしまうと言います。

それは、僕も例外なく含まれ、『あの花』において、僕が投影したキャラクターが、この主人公「じんたん」である。

まぁ、共通点といっても、性別と引きこもりである事、あとは、性格が45°程ひん曲がっている事ぐらいか・・・

じんたんに投影するゆとり君

たーだ、僕と完全たる不一致要素があって、、、それが、「大切に思う人」と「大切に思ってくれる人」がちゃんと居て、しかも、その人と24時間一緒に居れるっている状況にある事だ。

(それが、「めんま」というヒロインね)

さらにさらに、「めんま」以外にも、幼なじみの女性からも、思いを寄せられているのである。

しかも、数年に渡るものすごい長ーーーい間だ。数年来におよぶ溢れんばかりの気持ちと、一点の淀みもない真っ白で真っ新な気持ちだ。

そんな、絶滅危惧種の「愛情」を、二人の女性から受けているという点が、僕と圧倒的に違う点だ。

あきらかに!!あきらかに、無理があるじゃないか・・・

投影すればするほど、悲しく苦しく息が出来なくなっていく、、、

しかも、その綺麗で感動的な部分(愛情を育む部分)が、綺麗過ぎる!純粋過ぎる!透明過ぎる!

その分、僕のハートにクリティカルヒットを与えてきて、息詰まるほどに胸が痛くなる、、、

僕は、3話目で、このアニメを直視することを断念しようとした。

「こんなフィクション、残酷すぎる」

「このアニメは、少なくとも自分自身がリア充じゃないと観ちゃいけない。じゃないと、苦しいだけだ」

ただ、、、

僕が、様々なアニメを観てきた歴史の中で、前半はつまらないのだが、中盤・後半になるにつれて、徐々に面白さを増していくアニメは、往々にしてあった。

そんな時、決まって思うのが、

「あの時、中断しなくてよかった、、、あの時、見続けて良かった」

アニメを観ていく上で、見切りを付ける判断力も大事なのだが、惰性で見続ける事も、それはそれで重要なのである。

ということで、僕は、第四話目の「再生」ボタンをクリックしていた。

『あの花』の主人公:「めんま」に感情移入してしまい、純粋な涙を流してしまった話

「めんま」というヒロイン、、、この美少女ね。

あの花 めんま-1

冒頭で述べたとおり、この「めんま」というヒロインは、小学生の時に不慮の事故で亡くなっています。

それが、主人公はじめ、幼なじみの忘れられない「トラウマ」となってるわけですが、、、

高校生となった「じんたん」の前に、突如現れた「めんま」は、その後、彼と生活を共にします。

そして、奇妙な事に「めんま」は、じんたんにしか見る事も話す事もできません。

残りの幼なじみや、その他一般人には、「めんま」を認識することができないのです。

唯一、めんまの存在を認識できるのが、「じんたん」な訳ですね。

「一人を除いて、誰からも認識してもらえない世界」

「すぐ傍にいるのに・・・こんなに近くにいるのに・・・伝える事ができない悲しみ」

この設定が、いくつかのシーンで、僕の涙腺を刺激しました。

キャラクターが純粋であればあるほど、そこに訪れる悲劇によって、強い化学反応が起き、僕の頬に、純粋な涙がこぼれ落ちてきます。

そして、この設定は、自分自身をも深いレベルで投影することができます。

「言いたいことを言えない辛さや悲しみ」と言うのは、きっと誰もが持ち合わせていると思います。

・恋人に対して?
・友達に対して?
・上司・先輩に対して?

そして、家族に対して・・・

「●●な事しちゃったけど、本当は・・・心の奥底では、●●だよ」

こんな「もどかしさ」は、誰にでもあり、僕の中でも何層にも渡って、積み重なっています。

そういった、心の奥底にある純粋な琴線が、メンマに感情移入することによって、強く重く刺激されるのです。

シーン的には、どこが一番グッと来たかなー・・・

(感動シーンとしては、この動画に激しく同意)

いつかきっと!『あの花』の聖地である埼玉県秩父市を巡礼しようと思う

ということで、「あの花」を観る前に抱いていた

「なんとなく、純粋な涙を流したいな」
「なんとなく、青春時代の純粋な気持ちを思い返したいな」

といった心境は、満たすことができました。

これで、心機一転、また明日から「生きていこう」と前を向けるわけです。

仕事に行く時の、朝の重い腰を上げる事ができるわけです。

いつか恋人を作って、純粋な恋愛をしていこうと妄想できるわけです。

ただ、、、

まだ、何かが足りない、、、なんだろう・・・なにかこう・・・

リアルさが・・・

きっと、そのリアルさは、ココでしか体感できないのだろう。

あの花 聖地巡礼-1

そう、、、『あの花』の舞台となっている埼玉県秩父市でしか。

あの花 聖地巡礼-2

だから、きっといつか行きたいと思う。

リアルを体感しに・・・秩父の地へ。

※(2015/5/30 追記)念願の聖地巡礼に行ってきた!!

『あの花』の舞台である「秩父市」に聖地巡礼してきた(秩父橋や定林寺、秘密基地などなど)

追記 : 『あの花』の映画(劇場版)を観た、率直な感想・・・

劇場版の舞台は、最終回のあの日から、ちょうど「1年後」に設定されています。

最終回のあの日、幼なじみ5人は、めんまから「手紙」をもらうのですが、そのお返しとして、みんなで手紙を書いて、めんまに届ける。。。というのが、大枠のあらすじになっていて、

その過程で、それぞれのメンバーが、1年前の出来事や小学生の頃の出来事を回想するシーンも描かれています。

僕個人の率直な感想を言うと、本編のリメイク的な度合いが強いので、

「あの花ファンであったり、気になるなら観る!!ただ、別に観なくても良い!!」

率直に言うと、こんな感じです。

では。

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