言の葉の庭(新海誠作品)のあらすじや感想(ネタバレ注意)~映画と小説の違いや雪野先生の短歌の意味、「君の名は」との繋がり

言の葉の庭(新海誠作品)のあらすじや感想をまとめている男性-3

どーもー、先日「君の名は。」を映画館に観に行ってきて、僕の心が浄化されるように号泣してしまった「ゆとり」でーす。

あれ以来、新海誠監督の作品を過去に遡って全部観てみようと思ったわけで、そこで、今回紹介していくのが『言の葉の庭』という作品。

『言の葉の庭』とは・・・2013/5/31に公開されたアニメーション映画で、

監督、原作、脚本、編集、絵コンテ、演出、撮影監督、色彩設計を、新海誠が担当する。

「君の名は。」の一つ前の作品で、「星を追う子ども」に続く、新海監督の第5作目の作品となる。

「星を追う子ども」の感想と考察・評価(ネタバレ注意) ~ジブリらしさと新海誠作品の変化と神話(アガルタやヴィマーナ等)

上映時間が46分と短編作品で、当初の予定では劇場公開する予定は無く、配信やDVDのみの小規模な公開予定だったが、最終的には劇場公開という形になり、

結果的に、日本全国だけでなく、台湾・香港・中国でも同時公開され、観客動員:10万人を突破し、興行収入:1億5000万円(推定)を記録した。
(この記録は、新海監督の代表作である「秒速5センチメートル」の動員数を10日間で突破し、新海作品の中でも最高のヒット記録となる。)

さらに、2013/7 にはロサンゼルス開催のアニメ・エキスポや、プチョン国際ファンタスティック映画祭でプレミア上映され、話題になる。

「言の葉の庭」は、新海誠の初めての「淡い恋の物語」となっており、キャッチコピーは、”愛よりも昔、孤悲(こい)の物語”

15歳の男子高校生と、27歳の社会人女性の物語で、かなり年の離れた2人なので恋愛するのにハードルが高く、”愛に至る以前の孤独:「孤悲」の物語” と定義されているようです。

ということで今回は、この「言の葉の庭」のあらすじや感想、当作品の映画版と小説版の違いについて。

さらに、「君の名は。」との繋がりや、本編にて出てくる短歌(万葉集)の意味などを、順に書いていこうと思います。

以下、目次。

  1. 「言の葉の庭」のあらすじまとめ ~本編にて雪野先生が言及している「短歌(万葉集)」の意味も
  2. 感想 ~雪野先生と同い年(27歳)の僕が共感したこと
  3. 「言の葉の庭」の映画版と小説の違いと、「君の名は。」との繋がりについて
  4. 最後に・・・本編に出てくる庭園:「新宿御苑」の聖地巡礼と、その他の新海誠監督作品について

新海誠監督作品:「言の葉の庭」のあらすじまとめ(ネタバレ注意) ~本編にて雪野先生が言及している「短歌(万葉集)」の意味も。

まずは、当作品のあらすじを以下にまとめてみました。

※ネタバレ注意です。

舞台は大都会東京の新宿。夏前の雨が続く梅雨の時期。

そこで、靴職人を目指す高校1年生のタカオ(秋月孝雄)と、27歳の社会人女性:ユキノ(雪野百香里)は出会うことになる。

ある日、タカオはいつものように雨の日、1限の授業をサボって、庭園で靴のデザインを考えていた。

そこで、昼間からビールを飲んでいる不思議な女性:ユキノに出会う。

”どこかで会ったことありますっけ?” とタカオが尋ねると、ユキノはそれを否定し、

”雷神(なるかみ)の 少し響(とよ)みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留(とど)めむ” (万葉集の短歌)

これだけ言い残して去っていった。

こうして、雨の日の午前中だけ、2人は同じ場所で交流をはじめていく。

だが、梅雨の時期が終わると、しばらくの間2人は会わなくなり、2学期のある日、タカオは学校でユキノとすれ違う。

なんと、ユキノはタカオの学校の古文の教師だったのだ。そして生徒の嫌がらせによって、学校に行くことができずに退職手続きをしているところだった。

それを知ったタカオは、もう一度あの場所へ向かい、久しぶりにユキノと再会し・・・

以上です。



上述でもありますが、2人のや出会いや関係性において、雪野先生が言及する「万葉集の短歌」に重要な意味が込められています。(本編でも、印象的なシーンとなっています)

※ちなみに、万葉集や短歌について、

・万葉集・・・7世紀後半から8世紀後半にかけて作られた日本に現存する最古の和歌集である。天皇、貴族から下級官人などさまざまな身分の人間が詠んだ歌を4500首以上も集めたもので、成立は759年以後とみられる。

・短歌・・・韻文(いんぶん)である和歌の一形式で、「五・七・五・七・七」の五句体の歌体のこと。

というわけで、雪野先生がタカオと最初に出会った時の、去り際に言った、

”雷神(なるかみ)の 少し響(とよ)みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留(とど)めむ”

この短歌を、現代語訳すると、

「雷の音がかすかに響く、空も曇って雨が降ってこないかな、、そうすればあなたが此処に留まってくれるのに」という意味になります。

(これは、柿本人麻呂の短歌で、恋心や人の気持ちが表現されています)

また、雪野先生は、この短歌を詠むことで、「自分が、あなたの高校の古典教師だよ」ということを暗に伝えようとしたのかもしれません。

そして、

ストーリーの後半、タカオが、雪野先生が自分の学校の先生だと知ったあとに再会したシーン。

この時、タカオは雪野先生に以下の返し歌を送ります。(短歌を贈られた相手は、その返し歌を詠むのが通説となっているようです。)

『雷神(なるかみ)の 少し響(とよ)みて 降らずとも 我は留(とど)らむ 妹(いも)し留めば』

これを、現代語訳すると、

「雷の音が少し響いて雨が降らなくても、私は此処に留まりますよ。あなたが留めてくれるのなら」という内容になります。

こんな感じで読み解いていくと、2人の関係性がより感慨深くロマンチックに見えてきますね。

「言の葉の庭(新海誠アニメ映画)」の感想 ~雪野 百香里先生と同い年(27歳)だからこそ共感してしまった部分など

続いて、雪野先生と同い年の僕が、当作品の感想について個人的にまとめてみたので、順に紹介していこうと思います。(以下)

  • 「映像美と、幻想的な雨模様」

    「言の葉の庭」は、とにかく映像が非常に美しく綺麗なのが特徴です。(本作に限らず、新海誠監督はアニメーションや映像・デザインに非常にこだわる事でも有名。)

    本編にて最も多く出てくる舞台が、「庭園」ということもあり、緑あふれる自然の美しさもあり、観ていて僕の心が洗われていくような感覚にさえなりました。

    庭園の池や水たまり、雨が滴(したた)るところなんて、実写じゃないか?と思わせるほどのクオリティ。

    そして本作は、約8割のシーンが「雨」を背景に構成されており、新海監督も以下のように語っている。

    「雨は3人目のキャラクターと言っていいくらいウエイトがありますね。実際に雨宿りをしているお話であることと、”人生の途中で立ち止まっている象徴” としての雨宿りを描いているからです」

    「雨は、気象現象でもありますし、物語の中で使う道具としてはとても便利なんです。過去の作品の中でもなんとなく元気がないシーンで雨を降らせたりしていたんですが、今回はきちんと物語の展開に沿った、さらに踏み込んだビジュアル表現にチャレンジしました」

    「例えば、最初に出会った時は、やや強めの雨が2人の間の距離を隔てるカーテンのように見え、2人の心が近づくにつれ雨も穏やかになって行き、やがて2人を祝福するかのように雲間から差した光を受けて雨がキラキラと光るシーンが登場します」

    というわけで、2人の関係性や心情などに合わせて、雨などの背景演出がどう変わっていってるか・・・を意識しながら見ても面白いかもしれません。

    また、映像演出だけじゃなく、音声演出も視聴者の心を揺さぶる素晴らしいモノになっています。

  • 「主人公:タカオに共感してしまった部分」

    「言の葉の庭」の主人公:タカオは、高校一年生にして、非常に大人びた印象を様々な場面から受ける。

    個人的に一番気になったのは、やはり家庭環境(母親との関係)だ。

    タカオの母親は、よくお酒を飲み、子供二人を残して、一回りも年下の彼氏と家出をするような母親像として描かれている。

    (幼少の頃から、母子家庭で育ってきた僕としては、かなり刺さる設定だ。)

    そして、タカオは母親のことを「あの人」と呼んでいる。

    そんな家庭環境もあって、年齢より大人びたキャラクターとなっているのだろう。

    あとは、「靴職人」になる夢を持って、それに向かって日々努力しているのも特徴で、以下のように考えさせられる発言もしています。

    「仕事とか社会とか、あの人が普段いるであろう世界は俺にはとても遠い。まるで世界の秘密そのものみたいに。彼女は見える」

    「そして、靴をつくることだけが、俺を違う世界に連れて行ってくれるのだろうということ」

    「あの人に会いたいけれど、その気持ちを抱え込んでるだけでは、きっといつまでもガキのままだ」

    青春時代とか学生時代とか若いころに、このような思いを抱いた人もきっと多いでしょう。

  • 「雪野先生と、ちょうど同い年の僕。」

    言の葉の庭(新海誠作品)の雪野先生-1

    今回、「言の葉の庭」を観てみて、僕はどちらかといえば雪野先生の方に深く共感してしまいました。

    雪野先生は27歳で僕も同い年。仕事への悩みから会社へ行けなくなるといった状況は、僕にも十分可能性のある状況で。。

    だから、職場でのストレスで味覚障害になってしまうとか、朝、駅のホームまでは行くけど電車に乗れないとか、、

    すごく共感できるし、自分がなっててもおかしくないなって。。

    また、以下のようなセリフもすごく考えさせられます。

    「どうせ、人間なんてちょっとずつどこかおかしいんだから。」

    「あれ(学校に行かなくなって)以来、わたし嘘ばっかりだ・・」

    (梅雨も明け雨が降らなくなって、タカオが新宿御苑に来なくなり)「27歳の私は、15歳の頃の私より少しも賢くなっていない。私だけがずっと同じ場所にいる」

    あと、

    これはちょっと話が違うのですが、雪野先生の声優について。

    個人的には、率直に言って「雪野先生のイメージに合わない声だな~。。」っていうのを感じました。

    声優さんは、花澤香菜さんという大人気声優らしいですが、どちらかというと純粋で透明感のある女子高生役などが似合う声だな~という印象で、

    今回の雪野先生のように、ミステリアスな雰囲気があり大人の女性には、ちょっと向いていないなって思いました。

    ちなみに、当初雪野役は25歳以上という条件でキャスティングを行ったが、最終的には当時23歳の花澤香菜が自ら立候補し演じることとなったそうで、

    新海曰く、「花澤さんの声は、一番よくわからなかった」ことが起用の理由だったといいます。

    (ちなみに花澤さんは、サイコパスのヒロイン:常守朱も演じていたということで、個人的にかなり衝撃的でした。BEST3に入る程好きな作品だったのでw)

  • 「全体的なストーリー展開について」

    基本的に、ストーリーはタカオとユキノの二人の日常と関係性が描かれていきますが、途中までは、どこか掴みどころの無いミステリアスな感じでストーリーが展開していきます。

    そんな中、展開がハッキリするところが、ユキノの正体が同じ学校の先生だと分かる所からですね。ここからストーリーの本筋が見えてきて面白くなっていきます。

    それまで、掴みどころの無い・心に病を持っているOLだと思っていたのが、実は自分の学校の教師だったという展開になったことで、”教師と生徒” という新たな軸(視聴者の視点)ができあがったわけですね。

  • 「僕が最も感動した号泣シーン」

    たぶん、「言の葉の庭」を観た人は、ほとんどの人が「見所(1番の感動シーン)」について共通しているでしょう。

    物凄い勢いの土砂降りから、雪野先生のマンションに一緒に行って、そこでタカオは自分の気持ちを告白するが、雪野先生はその告白を流し、実家の四国に帰る事を告げます。

    すると、タカオは興ざめしたように部屋を出ていってしまい、取り残されて考え直した雪野先生は、裸足のまま一心不乱になってタカオを追いかけ抱きしめるシーンですね。

    タカオが「やっぱり、あなたの事嫌いです・・・」と、好きだったけど溜まっていた不満を一気にぶちまけて、、その言葉に耐えられずに抱きついて号泣する雪野先生。

    今思い出しても、胸が締めつけられて泣きそうになります。。

  • 「ストーリーの結末:二人の関係について・・・」

    上記の感動シーンの後、雪野先生は実家の四国へと帰っていきます。

    あの後、ハッキリと ”恋人になった” とか ”付き合った” とか、そういった描写はありません。

    ただ、少なくともタカオが雪野先生のことを思っているセリフはあるし、先生の方から手紙が送られてくる描写もあるから、”関係”はあるのでしょう。

    ラストのタカオの回想シーンでは、

    二人が出会った雨の日々を、「2人とも歩く練習をしていた」と回想し、「もっと遠くまで歩けるようになったら、雪野先生に会いに行こうと思う」と最後に言っています。

    こうして本編は終わり、結局二人はどうなったのか?といった余韻が残る感じになっていますが、その答えは視聴者1人1人の想像に委ねられます。

    ただ、、

    その答えは、「言の葉の庭」の小説版の方で明らかになっているようなので、ソレについては次の章で言及していきます。

  • 「新海誠監督らしい、フェティシズム・エロティシズムが表現されたシーン」

    これも、察しが付く人が多いんじゃないでしょうか?

    タカオが雪野先生の足型を取るシーンですね。新海さんらしいフェティシズムです。

    「君の名は。」でいう、口噛み酒(くちかみざけ)を作る際の、口から吐き出すシーンですね。

    新海さんは、以下のように語っています。

    「手も握ったこともない、それどころか名前も知らない2人が極限まで近づくシーンですね。15歳の少年にとって女性の足のサイズをはかるという行為は大変な冒険であると思うし、性的な感情から自由なわけがない。

    だから観客をドキっとさせるシーンで無いといけないし、スタッフには ”この映画のセックスシーンの様な物だ” だと言いました。

    けれど、いやらしいだけではダメで、ピアノのBGMでどこまで神々しい雰囲気を出せるか・・官能的であり・尊いという表現をする為に工夫をしました。」

    (ちなみに、DVDに収録されたインタビューによると、新海監督は足フェチらしいですw)

以上、個人的な「言の葉の庭」を観た感想でした。

「言の葉の庭」の映画版と小説の違いと、「君の名は。」との繋がりについて(ネタバレ注意)

2013/5/31に当作品の映画が公開されていて、その約1年後(2014/4/11)に、新海誠自らが書き下ろした小説が出版されます。

Amazon:言の葉の庭(小説)

小説版では、映画では描かれなかった部分が多数あり、映画では僅かしか登場しなかったキャラクターにも大きく焦点が当てられて、それらの過去や心情が描かれています。

タカオと雪野先生がメインで、二人の視点でストーリーが展開していくのが映画版だとすると、小説版ではもっと世界観が広げられて、合計6人の視点で物語が展開していく、群像劇のような構成となっています。

具体的には、

  1. 主人公の男子高校生:タカオ
  2. ヒロインの先生:雪野
  3. 彼女との同棲が決まった、タカオの兄
  4. 年下の彼氏と家を出ていった、タカオの母親
  5. 過去に雪野先生と付き合っていた、同じ学校の体育教師(伊藤先生)
  6. 雪野先生に対して、執拗に嫌がらせをしていた主犯格である女子生徒:相沢さん(映画では、タカオがビンタする3年生の生徒)

この6人が、各章ごとにメインキャラクター(語り手)となって、物語が進んでいくのです。

当然、小説でしか語られない事実や出来事もたくさん詰まっています。

映画版では悪い印象しか無い、雪野先生に嫌がらせをしていた女子生徒ですら、その裏で、同情してしまうような悩みや苦しみが描かれていたりします。

主人公・ヒロイン二人に関しても、

タカオの中学生の時のほろ苦い恋とか、高校卒業後の話とか、雪野先生の学生時代の話など、小説版のみの物語が描かれています。

新海誠監督は、小説を執筆した背景について以下のように語っています。

「映画が公開され、観客の声が聞こえ始めるに従いだんだんと変化しました。

例えば、ユキノというキャラクターに寄せて、ご自身の経験を語ってくれる観客がいます。タカオの将来が心配だという観客がいます。あるいはタカオの母、いじめっ子の相沢、そういう人物の気持ちが分かると言ってくれる方々がいます。

そして僕自身も観客の声を聞いているうちに、ユキノやタカオ、彼らを巡る人々のことをもっと深く知りたいという気持ちが強くなってきます。

自分でも気づいていなかった物語の外側、あるいは可能性のようなものに、観客という語り手を得て初めて思い至らされます。
映画では描かなかったエピソードとエピソードの隙間にどのような風景が広がっていたのか、そこを覗きたくなってきます。

ですから、小説:「言の葉の庭」は、当初予定していたさらりとした短編小説ではなく、複数の人物が語り手となる、映画版よりもずっと広い範囲を描く長編として書くことにしました。

二人だけの物語ではなく、タカオの母や伊藤先生や相沢さんも物語の主人公となります。」

参考元 : ダ・ヴィンチニュース:小説「言の葉の庭」新海誠



そして、映画版ではちょっとしか語られなかった、雪野先生が地元に帰ったあとの、その後について。

「2人は、結局付き合っていたのか?」

小説での、その後の描写では、2人は「2ヶ月に1回」ぐらいの頻度でしかメールのやりとりをしてなく(しかも、当たり障りの無い内容)、会ってもいません。

(タカオが高校卒業後、靴職人を目指してイタリア留学していたのもある。)

なので、結論的には「2人は、付き合ってはいなかった。」と言えるでしょう。

ただ、タカオが20歳になって日本に帰国したことで、久しぶり(約5年ぶり)に雪野先生と再会を果たします。

物語は、再会を果たす場面で終わってしまうので、もしかしたら再会したことで2人の関係性が進展する可能性もあるのかもしれませんが。

「言の葉の庭」と、新海誠の最新作:「君の名は。」の繋がり ~雪野先生が再出演?

現在(2016/11)記録的大ヒット中の、「君の名は。」

実は、その本編に雪野先生が登場しているとか・・

「君の名は。」のヒロイン:三葉の学校で古典教師として登場するのが、ユキちゃん先生。

実は、このユキちゃん先生が、「言の葉の庭」の雪野先生と言われています。

声優も、同じ花澤香菜さんが担当。

セリフを喋るのは1回きりみたいですが、登場シーンは何度かあるようです。

さらに、他にも

三葉の友人である、テッシーとサヤちん。

言の葉の庭と君の名は。テッシーとサヤちん-1

実はこの二人、「言の葉の庭」の小説で登場する勅使河原 克彦(てしがわら かつひこ)と名取 早耶香(なとり さやか)と同一の人物らしい。

ただし、、

2作間の同一キャラクター(3人)には、矛盾点も多いらしく、

・「言の葉の庭」のラストで、雪野先生は故郷である愛媛県今治市へ帰郷するが、その時期(2013/9頃)、「君の名は。」では、飛騨の山奥にある糸守町で三葉が彼女の授業を受けている。

・「君の名は。」のテッシーとサヤちんは飛騨の山奥にある糸守町の学生だが、「言の葉の庭」では東京の学生である。(2人とも性格は引き継がれている模様。)

コレに対して、新海監督も自身のツイッターにて以下のように言及しています。

「テッシーとサヤちんの造形は、おっしゃる通り拙作『小説 言の葉の庭』:7話からの発想でした。『君の名は。』と『言の葉の庭』の間に大きなジャンプがあるとのご意見もよくいただきますが、僕としては『小説 言の葉の庭』がその間をつないでいます。」

以上です。

最後に・・・「言の葉の庭」に出てくる庭園:「新宿御苑」の聖地巡礼と、その他の新海誠監督作品について

「言の葉の庭」の聖地巡礼:「新宿御苑」-3

当作品で、タカオと雪野先生が出会い、関係を育んでいく場所。

実はこの場所(庭園)、実際に東京新宿にある「新宿御苑」がモデルとなっているようです。(上記の、二人が出会った休憩所も実際にある)

というわけで、

「もしかしたら、僕も雪野先生のような女性と運命の出会いを果たせるかもしれない・・」

そーゆーわけで、「言の葉の庭」の聖地巡礼も兼ねて、”運命の出会い” を探しに、「新宿御苑」へと行ってきました。

言の葉の庭の聖地巡礼:新宿御苑-11

(その模様が、以下)

→ 「言の葉の庭」の舞台:新宿御苑に聖地巡礼してきた ~「君の名は」で瀧君が働くイタリアンレストラン「カフェ ラ・ボエム」も



そして、「言の葉の庭」以外にも、新海誠監督作品の感想や考察をまとめているので、良かったら見てみてください。

→ aaa

ではまた、じゃーねー。

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