PSYCHO-PASS(サイコパス)新編集版:1期との違いと、4話の放送中止について ~追加シーンの登場人物のセリフ集~

PSYCHO-PASS(サイコパス)「新編集版」:1期との違いをまとめているオタク-11

どーもー、先日アニメ:「PSYCHO-PASS(サイコパス)」の、1期。それから「新編集版」を一通り見てみて、槙島 聖護(まきしま しょうご)に惚れてしまった「ゆとり」でーす。

この、哲学的であり重くて深く、色々と考えさせられる世界観やストーリーにドハマリしていったわけですが・・

PSYCHO-PASS(サイコパス)とは・・・

舞台は、2112年の日本(約100年後)

人間のあらゆる心理状態や性格的傾向が、システムによって数値化され管理される世界。

この数値化された値を通称「PSYCHO-PASS(サイコパス)」と呼び、このサイコパスを元に、人々はシステムによって管理された。

  • 人々の適正(向き・不向き)・・・その人に向いてると判断された職業やスポーツ・勉強など
  • 人々の相性・・・その人に向いてると判断された友人や結婚相手など
  • 人々の犯罪係数・・・その人が、犯罪を犯しそうか・そうでないかが、数値化判定される。

これら全てが、システムによって決められる。。

もし仮に、その人が何も悪い事を犯して無くても、その人の犯罪係数が高ければ、「潜在犯」として隔離施設に隔離され、場合によっては死刑もありえる。

このように、人々の将来。。そして「生死」までもが、自らの意思とは無関係に、システムによって全てが決められてしまう世界。

これが、サイコパスの舞台です。

そして、このような完全なる管理社会においても発生する犯罪を取り締まるのが、警察組織「公安局」

ストーリー本編では、次々と猟奇的・凄惨で、不可思議な事件が起こっていき、それらに対応していく公安局の刑事が、主人公となっています。

「PSYCHO-PASS(サイコパス)」のあらすじや、感想・考察については、以下の記事にもまとめているので、ぜひ見ておいてください。

→ PSYCHO-PASS(サイコパス)のアニメ「1期・2期・劇場版映画」の感想・評価や考察まとめ(最終回等のネタバレ注意)

で・・・

今回は、サイコパスの「新編集版」について・・・追加となっているシーンや、ストーリーの内容的に放送中止(自粛)となってしまった事件について、順にまとめていきます。

※サイコパスの「新編集版」とは・・・「1期」が放送されたあとに、放送されたモノで、

本編のストーリー自体は「1期」と全く変わりません。。

ただ、「新編集版」には、それぞれの回(話)の冒頭に、2~3分のショート・ストーリーが追加されています。

そのほとんどが、その回の本編の内容を、さらに深く理解させてくれるモノだったり、登場人物の思考が表現されたモノになっています。

PSYCHO-PASS(サイコパス)新編集版の追加シーン全集 ~第1期との違い~

PSYCHO-PASS(サイコパス)新編集版:1期との違いまとめ-1

ということで、「1期」と比較して、「新編集版」に追加されているシーンをまとめてみました。

  • 【第1話 : 槙島 聖護(まきしま しょうご)のセリフ】

    「どこかの誰かが、”愚かな人類共” と言ったとして、その人類には当然、自分自身も含まれている。」

    「人間について知りたいと思ったら、人間を見ているだけではイケない。人間が何を見ているのかに注目しなければ・・」

    「君たちは何をみている?僕は君たちを見ている。信じられないかもしれないが、僕は君たちのことが好きだ」

    「昔からよく言うだろ、愛の反対は憎悪ではなく無関心だ。興味が無いのなら、わざわざ殺したり痛めつけたりはしないんだ。」

    「余計なことばかり考える。緊張しているのか。相手を甘く見すぎて、踏み込みすぎた。

    「なんてね・・・」

  • 【第二話 : 狡噛 慎也(こうがみ しんや)のセリフ】

    「公安局監視官、シビュラの先兵(せんぺい)、厚生省のエリートコース、、、この社会に適応できない人間が発生することもシステムはシステムに組み込んでいる。」

    「重要なのは、”最大多数の最大幸福” であり、全人口の幸福ではない。」

    「治安が悪い地区をある程度放置するのは重要だ。不可能を実現しようとすれば必ず破綻する。」

    「完全な社会は、完全な社会を諦めることによって成立する。シビュラ・システムとはそういうものなんだろ。しかしだ・・」

    「あの事件、あいつの死は明らかに異常だった!」

    「シビュラシステム運営下にはあり得ないタイプの犯罪」

    「そんなことができるやつがどこに、、どうやって!?」

    前半は、シビュラシステム統制下による社会について。

    そして後半は、かてつの部下が殺された事件。そして、その犯人(槇島)について回想しているシーンです。

  • 【第三話 : 槙島 聖護(まきしま しょうご)のセリフ】

    「このディスクが小石になる。」

    「池に投げ込んで波紋を広げる。ドミノ理論やバタフライ効果みたいなね。これはドミノの最初の一枚。迷える子羊にキッカケを与えてあげるんだ。ただのモルモットかもしれないし、もしかしたら狼に化けるかもしれない。」

    「結果が分からないからやるんだよ。とにかく準備は整った。あとはどんな摩擦が発生するか・・」

    「クラウズビッツだ。彼は、戦場ではどんなに緻密(ちみつ)な計画でも、些細な要因で遅延する可能性を指摘した。机上の作戦はどんなに練っても、机上のモノでしか無い。偶然のトラブル。天候などの、コントロール不可能な要因によって作戦が直面する正体。」

    「これが戦場の摩擦だ。もちろん、僕達がこれからやることにも、当然摩擦が発生するだろう。それが少しも楽しみじゃないと言ったら嘘になる。」

    「犯罪の摩擦がどんな形であらわれるのか。それは偶然なのか。シビュラシステムの意志なのか。組織なのか。個人なのか。個人だとしたら、それは僕達にとてもよく似ているはずだ。」

    【用語解説】

    ・「ドミノ理論」・・・1度ある事件が起これば、次々と連鎖的にある事件が起こるとする理論。

    ・「バタフライ効果」・・・非常に些細な小さなことが様々な要因を引き起こし、だんだんと大きな現象へと変化することを指す言葉。

    ・「クラウゼビッツ」・・・正式名称は、「カール・フォン・クラウゼヴィッツ」

    プロイセン王国の軍人で軍事学者。ナポレオン戦争にプロイセン軍の将校として参加しており、戦後は研究と著述に専念し、彼の死後に発表された『戦争論』で、戦略、戦闘、戦術の研究領域において重要な業績を示した。

    こちらは、ドローン工場での事件の回。

    金原(カネハラ)に、フロッピーディスクを送ることで事件を起こす企て(くわだて)に、どのような摩擦(抵抗勢力)が起きるのか・・・その事に興味を持ってる槇島のセリフです。

  • 【第四話 : 常守朱(つねもりあかね)のセリフ】

    「危機に陥った狡噛さんは、獰猛(どうもう)な獣みたいだった」

    「私は、私たちは健全なサイコパスを保つために、何を置いてもまず内在化したシビュラシステムの思想が働く」

    「それなのに、何だろう?」

    「狡噛さんからはまったく異質なものを感じた」

    「ただ潜在犯というだけではない。最初はシビュラシステムの一員だったはずなのに犯罪者と戦っていたときのあの人は・・」

    「強いとはどういうことなんだろう?」

    「健全なサイコパスと高度な職種への適性判定。それこそが私たちにとっての強さだった」

    「あの人の強さはもっとアナクロでクラシカルな・・あの人について考えること、それすらも危険なことのような気がした」

    「それでも逃げることは許されない。もう私たちの人生は交錯してしまった」

    常守が、金原を執行したときの「狡噛」の事について思考を巡らし、今まで常識としていた考えが、全く通用しないような存在を前に、口にしたセリフになります。

  • 【第5話 : 槙島聖護とチェ・グソンの会話】

    槇島:「悪いね、ハッカーに死体処理の手伝いなんてさせて。ところで、ミドウマサタケをどー思う?」

    チェ:「不安ですね、”目立ちたがり” は犯罪に向かない」

    ま:「そこが面白いんじゃないか。今回の事件を通して、彼の真価が試される。人間の価値を測るには、ただ努力させるだけではダメだ。力を与えてみれば良い。法や倫理を超えて自由を手に入れたとき、その人間の魂が見えることがある。弱者が強者になったとき。善良な市民が暴力をふるう自由を手に入れたときも、そーゆー時になにが起きるのか。興味があるんだ。」

    チェ:「ダンナはやるんですか?ネットやら高機能アバターやら・・」

    ま:「たまに覗くよ。情報収集さ。全体的にアバターをまとったほうが、人は本音に近いことを語りやすいと思う。さっきも言ったとおり、ある種の自由があるんだろう。しかし、安易な手段で手に入れた自由は、すぐにチープな万能感に化ける。」

    ま:「さて、ミドウマサタケはどーなるか・・」

    会話の通り、ミドウ・マサタケのタリスマン事件の回です。

    今回の事件で、槇島に、ミドウ・マサタケが試されているのが分かりますね。

  • 【第6話 : 狡噛慎也の回想シーン(過去の事件での、佐々山(ささやま)とのやりとり)】

    佐々山:「分かったよ。」

    狡噛:「佐々山。。。(佐々山に殴られる)ぐはっ!」

    サ:「気に入らなければ俺を撃て。それがお前の仕事だ。」

    狡噛のドミネーター:「犯罪係数282。刑事課登録執行官、佐々山光留(ささやま みつる)、任意執行対象です」

    コ:「行くな佐々山!佐々山!」


    ・(シーンが切り替わる)

    サ:「やっぱり狡噛か・・」
    コ:「現場はギノたちに任せて、俺だけ抜けてきた。」
    コ:「佐々山お前今どこにいる?GPSは生きてるが地図が真っ黒で何も分からん。」
    サ:「抜けてきたってお前。。いいのかよ?」
    コ:「お前に言われたくない!とにかく合流しよう。嫌な感じがする。1人で無茶はするな!」

    サ:「ハァ。分かった。ただ俺も自分がどこにいるか。やたらと入り組んだ路地でな。」

    サ:「槙島!」
    コ:「槙島?おい何だ!?」
    サ:「悪いが説明は後だ。俺はあいつを追う!」
    コ:「おいちょっと待て!どういうことだ!?」
    サ:「あいつの行く先に必ず ”藤間” がいるはずなんだ。たぶんあいつは標本事件の手引きを・・」
    コ:「おい!佐々山・佐々山!(ノイズ音)くそっ電波が届かん!」


    ・(シーンが切り替わる)

    宜野座(ぎのざ)監視官:「シェパード2!先行し過ぎだ。今どこにいる?」
    狡噛:「ハウンド4が・・佐々山が見つからない。どうなってる?あいつはどこに行った?」
    ギ:「落ち着け狡噛。状況がつかめない。。いったん戻れ!」
    コ:「佐々山を連れ戻す!(佐々山の変わり果てた死体を見つけて)佐々山・・・」



    夢から、飛び起きる狡噛。

    上記の通り、狡噛の人生を変えた、例の事件の回想シーンですね。

  • 【7話・8話:槙島聖護のセリフ】

    「大抵の人間は、牛や鳥は殺せても、チンパンジーはそう簡単にはいかないだろう。」

    「少し人間に似ているし、何より絵を描くことができる。」
    「もし魚が絵を描いたとしよう。」
    「何を考えているのかは解らなくても、絵を描く動物は殺し難くなる。」
    「感情があるのではないか?直感的に僕達はそう感じるはずだ。」

    「表現するということには、それくらいの価値がある。」

    「近代に入って、社会は、絶対的な価値観の追求を諦めた。」
    「相対的な、偏差値的な世界観を中心に据えるようになった。」

    「しかしそれは、絶対的なものは無用になったからではなく、酸っぱい葡萄だとして、切捨てに掛かったに過ぎない。」
    「手に入れ難いから、最初からなかったことにしよう。と」

    「そこにシビュラシステムが現れた。」
    「システムは文化や芸術にも介入するようになった。」
    「シビュラ認定芸術家。シビュラ推奨作品。」
    「ブラックボックス化された独自の判定基準によって、発展に必要な苦悩と対立が減少してしまった。」
    「表現することを侮るようなやり方は、やがて社会に致命的な停滞をもたらす。」

    王陵 璃華子(おうりょう りかこ)の桜霜(おうそう)学園事件の回。

    王陵 璃華子の父親で、残酷な画風で有名だった画家:「王陵牢一(おうりょう ろういち)」の作品を前に、槇島聖護が芸術について語っているシーンです。

  • 【9話:狡噛と宜野座(ぎのざ)の新人時代 ~雑賀譲二(さいがじょうじ)の講義シーン~】

    雑賀譲二:「個人主義の高揚は暴力を助長する。フランスの社会学者:「ミシェル・ヴィヴィオルカ」の著作からだ。」

    サ:「さらに、ヴィヴィオルカは、”主体を奪われた個人が、その不可能性を覆すための暴力もありうる” と展開した。」

    サ:「私はシビュラシステム運営化で最も恐ろしいのは、そういうタイプの犯罪だと思っている。なぜなら犯罪者は、動機が個人的な欲望から遠ければ遠いほど、刑事にとっては手ごわい相手となるからだ。」

    宜野座:「そのための色相チェックや犯罪係数解析じゃないのか?」

    サ:「もちろん、犯罪係数を解析すれば一発だ。だが、堤防が決壊する瞬間のように、突発的、かつ同時多発的に暴力が発生する可能性は否定できない。」

    狡噛:「すみません・・」

    サ:「んぁ?何だ?」

    狡噛:「堤防を決壊させるには、何らかの方法でシビュラシステムの監視を潜り抜ける先導者の出現が、絶対条件であるように思われるのですが・・・。」

    サイガ:「ふん、君、狡噛慎也監視官だったね。」

    「そんな先導者が現れた時、今の公安局は有効な対策を講じることが出来ると思うかぁ?」

    「・・・ふふ。」

    ※引用されているのは、おそらく「ミシェル・ヴィヴィオルカ」の『暴力』という作品

    → Amazon : ミシェル・ヴィヴィオルカの『暴力』

    上述の通り、狡噛と宜野座の新人時代で、雑賀譲二の「犯罪心理学」の講義が行われているシーンです。

    また、内容的に連想される存在が、ピッタリ一致しますね・・・槙島聖護に。

  • 【10話:槙島聖護のセリフ】

    「君なんだな。僕の犯罪に発生した、現時点最大の摩擦は。」
    「君の持つコンパスは正確か?僕はこの世界において、限りなく罪と罰から遠い場所に立っている。」
    「通常の手段で僕に追いつくことは出来ない。」
    「そのためには、君は、頭の中にとても正しいコンパスと地図を持っていなければいけない。」

    「昔から、一人遊びが苦手だった。」
    「僕はどんな時でも、二項対立を欲しがった。」
    「戦うこと、競うこと、思い切り楽しんでから「脱・構築主義者」みたいに二項対立そのものをズラしていく作業が好きだ。」

    「君はどの程度なんだ?」
    「時々自分がどの程度なのか確かめたくなる。自分の位置と自分の強さを試したくなる。」
    「手伝ってくれるんだろ? 公安局執行官」

    泉宮寺 豊久(せんぐうじ とよひさ)の地下廃墟での殺し合いの回で・・

    槙島聖護が、狡噛慎也について思考しているシーンです。

  • 【11話:槙島聖護:泉宮寺(せんぐうじ)と狡噛との殺し合いを見下ろして、口にしたセリフ】

    「西部劇的、いや古典・英雄譚(えいゆうたん)的決闘というべきかな?」
    「カビ臭い地下の・・・例えるならディストピアのベオウルフ。」
    「生まれる時代も場所も、全て間違えて、それでも僕たちはここにやって来た。」
    「僕たちは間違った社会に生まれた。それでも歩む道は間違えなかった。」

    「もったいない。泉宮寺さんも僕が思っていたよりずっと摩擦に対する対処能力が高い。」
    「今からあの2人が突然仲良くなったりしないものか?」
    「一度は殺し合ったけど、”はいっ握手で仲直り。全部水に流しましょう” って・・・」
    「まずいな。少し楽しみ過ぎてる。自分がやっていることが綱渡りだということを忘れるべきじゃない。」
    「フフッ。」

    ※槇島が引用した「ベオウルフ」とは・・・

    デネ(デンマーク)を舞台とし、主人公である勇士:「ベオウルフ」が、夜な夜な「ヘオロット」の城を襲う巨人のグレンデルや、炎を吐くドラゴンを退治するという英雄譚であり、ファンタジーの源流と言われている。

    ウィキペディア : 「ベオウルフ」

  • 【12話:槇島が、フナハラユキ(常守朱の親友)を殺害し、公安局から逃げてきた後、街中で空を見ながら語るシーン】

    「完璧な計画とは全てが想定内に進むことではない。」
    「トラブルが起きても柔軟に対応できる。そんな可塑性(かそせい)があってこそ完璧な計画となる。」

    「公安局監視官、彼女への失望は想定内といえなくもない。」
    「だけど、どうだろう・・・狡噛慎也。お前はどういうレベルのトラブルなんだ?」
    「どれくらいのカオスなんだ?」

    「矛盾しているのか・対立しているのか、どちらでもいい。」
    「お前は僕に相対する概念であるはずだ。」

    「君たちには。僕が無害に見えるだろ?」
    「虫一匹殺せないシビュラシステムの善良な構成員の一人に。」
    「僕のやり方に気付いたときには・・・、もう遅い。」

  • 【13話:宜野座(ぎのざ)監視官:幼い頃の父(まさおか執行官)との回想シーン】

    「まだ子供だった頃の話だ。父に連れられて廃棄区画に入ったことがある。」
    「なぜ親子で行くことになったのか。詳しいことはよく覚えていない。」

    「”ちょっと、まずいことになったから安全な家に避難だ” ・・・そんなことを言っていたような、おぼろげな記憶がある。」

    「よく分からない場所の、よく分からない部屋で、父は拳銃を見せてくれた。」
    「他に子供が喜びそうなオモチャが何もなくて仕方なくという感じで。」
    「火薬を使った古い武器」

    「”内緒だぞ” と父が苦笑していた。」

    「そのときの俺は父と秘密を共有できたことが誇らしかった。」
    「今となっては、それが現実にあったことかどうかもハッキリしない。」
    「それでも特別な1日だった。」

  • 【14話:ヘルメット暴動前の、チェ・グソンと填島との会話シーン】

    チェ:「意外ですね。」
    槙島:「何が?」

    チ:「いや例のあいつ。。旦那が手を貸すほどの相手かな・・・と」
    ま:「欲望の方向をいじるだけで自由にコントロールできる駒(こま)ってのも手軽でいいじゃないか。」
    ま:「人間の欲望とは何か?僕は最も厄介な欲望は自己顕示欲だと思う。嫉妬も痴情(ちじょう)のもつれも源泉はそこだ。」

    チ:「旦那は薄そうですね、それ。」
    ま:「ゼロに近いと自負している。それが犯罪係数をコントロールする秘訣なのかな。」

    ま:「ラッセルの『幸福論』を読んだことは?」
    チ:「ないですね。」

    ま:「退屈の反対は快楽ではない・・・興奮だ。興奮するのなら人間はそれが苦痛でも喜ぶ。分かるだろ?シビュラシステムは退屈そのものなんだ。」

    (携帯のバイブレーターの音)

    チ:「あっ、始まったみたいです。」
    ま:「いってらっしゃい。」

    上記で1つ疑問なのが、”例のあいつ” です。。。(後に槇島がボコすことになる不良グループかな?)

    あと、槇島が引用している、ラッセルの『幸福論』

    ラッセルとは・・・正式名称:「バートランド・ラッセル」で、イギリスの哲学者、論理学者、数学者、貴族。
    イギリスの首相を2度も務めた祖父:「ジョン・ラッセル」を家系にもつ。

    参考元:ウィキペディア : バートランド・ラッセル

  • 【15話:ヘルメット暴動が勃発する回:槇島とチェ・グソンとの会話シーン】

    槙島:「犯罪者予備軍はヘルメットの存在を知った瞬間、犯罪者になる。」
    チェ・グソン:「なるほど。」

    ま:「味を知らないなら、誰も蜂蜜(はちみつ)を盗もうとはしない。シビュラシステムの従順な羊も、キッカケさえあれば狂犬に変わる。僕はずっとそう考えてきたし実際うまくいきそうだ。」

    ま:「犯罪者の存在さえ許さない社会は、やはり不健全だよ。完璧に殺菌された環境で育った人間が、ある意味どんな病人よりも弱い存在であるのと同じように・・・」

    ま:「まるである日突然、虐殺が、内戦というソフトウエアの基本仕様と化したかのようだった」

    チ:「知ってますよその本。プロジェクト・イトー。」

    チェ・グソンが言及している「プロジェクト・イトー」については、以下のサイトが参考になります。

    → プロジェクト・イトー:公式サイト

  • 【16話:縢(かがり)執行官が、厚生省・ノナタワーに向かう途中、車の中で見た過去の自分の回想シーン】

    「俺が潜在犯指定を受けたのは5歳のとき。もう忘れたい記憶だけど、今でも両親の悲痛な表情がまぶたの裏に焼き付いてる。」

    「それから施設に隔離されて、セラピーやらカウンセリングやらストレスケア薬剤治療を繰り返す日々。自分が実験動物にでもなった気分だった。」

    「ある執行官が殺害され、コウちゃんが監視官から降格された後、隔離施設にいた俺が執行官に選抜された。」
    「俺にシビュラシステムによる適性判定が出たからだ。俺には健康な市民を守るという仕事がどうにもピンとこなかった。」

    「あいつらは、ろくでなしだ、自分たちの世界がどんな人間によって支えられているのかまったく知らない連中だ」

    「健康な市民の世界には相変わらず、虫酸(むしず)が走るが、執行官の仕事は楽しんでいる。市民の盾ではなく猟犬として・・不自由は多くても隔離施設と比べたら天国と地獄ほどの差がある。」

    「市民のためじゃない。俺は・・・」

    狡噛:「かがり!」
    かがり:「あっ・・・」

    狡噛:「ビビってんのか?」
    かがり:「まさか!」

    この後、自らの命が危機に陥ることを、暗に示唆しているシーンです。

  • 【17話:ヘルメット暴動事件に紛れて、逃亡した神月(こうづき)執行官を、青柳監察官が殺す時のシーン】

    神月:「ハァハァハァ・・」

    青柳のドミネーター:「刑事課 登録執行官 任意執行対象です。セーフティーを解除します」

    青柳:「どうして逃げたりしたの?」
    神月:「どうしてでしょうね。こんなパニックになって・・・チャンスだって思っちゃったんですかね?」

    青柳:「チャンスなんてないのよ。」
    神月:「ですよね。」

    神月:「あなたは、俺のためにシビュラを裏切ることはできない。」
    青柳:「ごめんなさい。」

    神月:「ヘヘッ。こういうとき謝るのはよくない。」

    (このあと、青柳は引き金を引く。)

    ※二人は、恋人同士だった模様。

    このあと、局長に殺された「かがり執行官」は、”逃亡した” と、局長から「公安局1係(宜野座ら)」には伝えられる事になります。

    上記のシーンは、「ソレ」への伏線だったのでしょう。

  • 【18話:護送ヘリから槇島が逃亡したあとの、狡噛の夢シーン】

    狡噛:「槙島が逃亡?何だそれは・・ふざけてるのか!? それにだ・・・、厚生省上層部の動きが不自然過ぎる。」
    槙島:「だからさ殺しておけばよかったんだよ」

    こ:「誰をだ?」
    ま:「それを僕に言わせる気か? 分かってるくせに。」

    こ:「あれは常守(つねもり)の選択だ。」
    ま:「監視官としての信念の強さ。主人に忠実なイイ犬だ。でも首輪に鎖付きでどこまで僕に付いてこられるかな?」

    こ:「フゥ。。。」

  • 【19・20話:常守朱(つねもりあかね)と、六合塚(くにづか)執行官との食堂での会話】

    六合塚(くにづか):「調べ物ですか?」
    常守:「えっと過去の裁判制度について色々。」

    く:「ああ。。槙島を捕まえた後でどう裁くかとか。」
    つ:「少しでも具体的なアイデアがあれば。。それにしても過去のことを調べるのがこんなに難しいなんて。」

    く:「誰も興味を持たない事柄ですから。まともなデータベースを整備しようなんて思いませんよ。」
    つ:「あっ。だから狡噛さんは紙の本ばっかり。」

    く:「オンラインはシステムにとっても管理しやすい。」
    つ:「調べること自体がよくないってこと?」
    く:「推奨されていないのは事実でしょう。」
    つ:「そうかな。」

    く:「マサオカさんが子供のころは、歴史は必修に近い学問だったそうですよ。」
    つ:「歴史が?」

    く:「過去の人間が何を思い、何を目指して社会を組み立て運営してきたか。その理念や過ちの繰り返しを流れとして捉えれば将来的にどのような世界が訪れるべきなのか。」

    く:「その理想の形を思い浮かべることができるでしょう。でも今、この国には完成された社会制度の最終形態という触れ込みでシビュラシステムが君臨している。」

    く:「さらにもっと正しい社会を思い描くなんて妄言でしかない。」

    つ:「確かに、そういう考え方してたらサイコパスが曇りそう。」

    く:「そう、曇りますよ。そういう仕組みですから。それに歴史を深く調べると、今のデータベースが穴だらけって見破られちゃうでしょうから。」

    つ:「えっ?」

    く:「手に入れやすい記録は全て現状の社会の成立が必然だったと保証するものばかりです。他の制度や思想が成り立っていたかもしれない可能性を示唆するものは全て無かったことにされている。」

    つ:「かつては私も、システムは絶対的なものだと考えていた。この扉をくぐるまではそう信じていた」

  • 【21・22話(最終回):填島の回想(夢)シーン】

    「老いは、死と事情がよく似ている。」

    「人によっては、事もなげに老いと死に立ち向かうが、それは他人より勇気があるからではなくて想像力に乏しいからだ。」

    「人は愛するものを否認してこそ、初めてそれを再びつくり出すことができる。」
    「おそらくは、私の書く本もまた私の生身の肉体と同様にいつかは死ぬことになるだろう。」
    「けれども死んでいくのは、やむを得ないことと認めなければならない。」
    「10年後には、自分自身がいなくなるだろう。」
    「100年後には、もはや自分の本もなくなるだろうという考えを人は受け入れる。」
    「永遠の持続は作品にも人間にも約束されていないのだ。」

    「生まれたから生きている。」

    「生殺与奪の権利を全てシステムに握られているような人間は人間ではない。家畜だ。」
    「どんなに表面を取り繕っても、畜産業者が家畜を友と認めることはない。」

    「不思議だ。」

    「この退屈な社会で、家畜扱いされて、どうして何も壊さずにいられる?」
    「この世界に永遠などない。あるのは贖う(あがなう)者の魂の輝きだけだ。」

    狡噛:「ひと粒の麦は地に落ちて死ななければ、ひと粒のままである。自分の命を愛する者はそれを失うが、この世で自分の命を憎む人は、それを保って永遠の命に至る。」



    槙島:「珍しいな。変な夢を見た。」

    上記の槇島のセリフは、マルセル・プルーストの『失われた時を求めて:第七篇・見出された時(2)』の一文から引用していて、

    狡噛のセリフは、『新約聖書:ヨハネによる福音書:12章23節』から引用されています。

    ちなみに、『新約聖書:ヨハネによる福音書:12章23節』の該当部分では、

    「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが死ねば、多くの実を結ぶ。自分の命を愛する者は、それを失うが、この世で自分の命を憎む人は、それを保って永遠の命に至る。」

    となっており、これは、イエス様の死を、一粒の麦に例えた言葉になります。

    要は、イエス様が犠牲になることによって、その後の人類の多くが実を結ぶことができるようになる。。といった意味になります。

    (新聖書では、実際にこの後、イエス様自身が人類のために、罪を背負い「十字架」に掛かることになります。)

    参考元:Yahoo知恵袋 : 聖書の読み方を教えてください。

    で・・・

    狡噛のセリフに戻りますが・・・

    おそらく、槇島の「死」によって、その後多くの人達の人生が実を結ぶ(幸せに生きていける)事を、示唆した言葉では無いでしょうか・・

    と、僕個人的には予想しています。

以上・・・

PSYCHO-PASS 新編集版動画:第4話の放送中止(自粛)について・・・現実に起きた「佐世保女子高生殺害事件」

サイコパス・新編集版動画:第4話の放送中止(自粛)-1

実は「新編集版」が放送されていた、2014/7 ~ 2014/9 

ちょうどその時期に、「佐世保女子高生殺害事件」という世間を大きく騒がせた猟奇的殺人事件がありました。

これは、被害者となった女子高生の手首と首が切断された猟奇的なバラバラ殺人で、その加害者が、なんと被害者と同級生の友人であった女子高生だったのです。

この事件がキッカケで、類似点が多くあった「桜霜学園(おうそうがくえん)で起きた、王陵 璃華子(おうりょう りかこ)の事件」の回が、放送自粛となってしまい、

ネット上では、まとめサイトや、2ch を中心に賛否両論ワチャワチャと荒れ炎上する。といった出来事がありました。

参考元:NAVERまとめ:「サイコパス新編集版。佐世保事件で放送休止。。。アニメファンの思いは複雑」


まぁ、これはこれで仕方のない事だとは思いますが、個人的には、こーいった形での表現規制には反対の立場です。

たしかに、今回のような猟奇的で残酷なアニメシーンというのは、衝撃的で記憶に残りやすいです。

ただ、だからといって、それが同じような犯罪に繋がるような誘発性を帯びてるのかというと、そんな証拠はどこにも無いと思うし、、

逆にそーいったシーンを見る事で、普通の倫理観を持った人であれば、嫌悪感や恐怖感をいだき、「自分は絶対にこんな事をしない!」と、ある種の「牽制(けんせい)効果」もあると思います。

なので、僕の個人的見解としては、こーいった表現規制には反対ですね。

ただ、今回の件は、時期が時期で、現実に起きた世間を騒がしている事件と被ってしまい、類似点も多々ある。。ということで、放送が見送られる事は、まぁ致し方ないでしょう

(実際、「1期」では、普通に放送されていました。)

最後に・・・サイコパス本編(第1期)の登場人物の名言集と、引用されている哲学者や名著のまとめ

サイコパス(1期)の名言集と本・小説のまとめ-2

上述している、「新編集場」で追加されている、各登場人物のセリフでもそうですが・・

ストーリー本編でも、登場人物が口にするセリフには、造詣が深く哲学的で、考えさせられる内容がかなり多く詰まっています。

また、そこには過去に実在した有名な思想家・哲学者の名言や、名著や小説の言葉が、多数引用されていたりします。

ということで・・

サイコパス本編(1期)の登場人物が口にするセリフで、哲学的で考えさせられる名言集や、

槙島 聖護(まきしま しょうご)をはじめ、登場人物が読んでいる本や小説を、以下の記事にてまとめてみました。

PSYCHO-PASS(サイコパス)のセリフ・名言集まとめ!槙島聖護や狡噛慎也・常守朱・ドミネーター・シビュラシステム等

PSYCHO-PASS(サイコパス)で引用された本まとめ!槙島聖護や狡噛慎也などが、おすすめしていた書籍・小説

では、じゃーねー。

PSYCHO-PASS(サイコパス)新編集版の脚本家を調べているオタク-10

「槙島 聖護や、シビュラシステムに言葉(セリフ)を与えた「脚本家」は、ホント天才だよねー。。」

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