秋葉原通り魔無差別殺傷事件・加藤智大被告の家族関係(母親や弟)や事件背景。そして現在(死刑判決)についてまとめてみた

加藤智大が起こした、秋葉原通り魔無差別殺傷事件-1

どーもー、ゆとりです。

みなさんは、秋葉原で起きた「通り魔無差別連続殺傷事件」という犯罪史上、類を見ない事件をご存知でしょうか?

【事件当日の報道ニュース】

今から約7年前の、「2008/6/8 12:33」にその事件は起きました。

秋葉原の歩行者天国である中央通りに、1台の2tトラックが信号を無視して突っ込んできました。

トラックは、次々に歩行者を跳ねていき、対向車のタクシーと衝突し、

動かなくなったトラックから、一人の男が出てきて、男は道端でうずくまっている男性の後ろから、ナイフを振りかざし、その男性をメッタ刺しに。

さらにその後、周辺にいた人々や警察官を次々に刺していき、現場は騒然となります。悲鳴や怒号が鳴り響き、そこらじゅうで血の海が。。

秋葉原通り魔無差別殺傷事件を起こした加藤智大-2

秋葉原通り魔無差別殺傷事件後の様相-3

最終的に、男は警察官によって取り押さえられ事件は収束していくのですが、

その時の死者=7名。負傷者=10人。。。合計17名の死傷者を生んだ、平成の犯罪史上、最も大きな凶悪犯罪となりました。

その凶悪犯罪を起こしたのが、「加藤智大(ともひろ)」という男です。

加藤智大(ともひろ)-1

事件現場となった、中央通りのソフマップ前には、今でも被害者たちへの、追悼の意を込めた花やお酒が置かれています。

秋葉原通り魔事件後の花-1

週一で秋葉原に通っている僕も、よくこの道を通るんですが、想像するだけでゾッとします。。。

秋葉原通り魔無差別殺傷の事件現場-9

秋葉原通り魔無差別殺傷の事件現場-14

(ちなみに、当時事件を起こした時の加藤は25歳。現在の僕と一緒な年齢です。。)

ということで今回、

  • なぜ、このような凄惨な事件が起きてしまったのか・・・
  • この事件を起こした加藤は、どーいった人生を歩んできたのか。またその人生の中で、彼はなにを感じてきたのだろうか・・
  • そして、事件から7年後の現在、事件関係者はそれぞれどのような人生を送っているのか・・

順にまとめていきたいと思う。

被害者17名を生んだ「秋葉原通り魔無差別殺傷事件」までの経緯や背景(加藤智大の孤独感や労働不満、掲示板書き込みへの依存など)

加藤智大は、なぜあのような凄惨な事件を起こしたのか・・・

その理由に迫っていくには、まず事件を起こすまでの彼が、どのような生活を送っていたのかを知る必要がある。

ということで、彼が事件を起こした「2008/6/8」までの数年間の生活を、以下にまとめてみた。

  • 2003/7(事件から約5年前) : 自動車整備の短大を卒業後、宮城県仙台にて一人暮らしを始める

    一人暮らしを始めてからすぐに警備の仕事(非正社員)に就くが、この頃から車を購入し、メンテ費や改造費によって消費者金融から借金をするようになり、

    日に日に生活は苦しくなっていく一方で、仕事場では上司との関係が悪くなって、結局仕事を辞める事に。

  • 2005/2 : 警備の仕事を辞めた加藤は、埼玉に行って、派遣として自動車メーカの工場に勤務する。

    この時から、週イチで秋葉原(ゲーセンやメイド喫茶)へ行くようになり、掲示板にもハマりだす。

    仕事の方は、結局 2006/4 に正社員と揉め、無断退社する事に。

  • 2006/4 : 埼玉を離れ、次に向かったのは茨城県の筑波市。ここで、住宅関連部品の製造会社に派遣として入る。

    だが、3ヶ月も経たないうちに職場の人間関係が悪くなり、無断欠勤し退職する。

    仕事を辞めたことで、現実でもネット(掲示板)でも、居場所がなく孤独を感じるようになり、「自殺」を考える。

    (掲示板上では、自分がキッカケとなって、スレ全体が二分化し荒れた事から居ずらい状況となっていた)

    自殺の具体的なプランも考え、青森のバイパスで、対向車線のトラックに正面衝突して自殺する事を決意。

    友人と親に自殺予告をおこない実行に至ったが、偶然の事故によって自殺できずに終わってしまう。

  • 自殺失敗によって、3年ぶりに実家に帰ることになる。

    母親から初めて抱きしめられ、今までの事(教育)について謝罪を受け、親との関係は以前よりも良くなる。

    ※母親からの教育については、後述します

    また、地元(青森)の友人との交友関係も復活し、久々に楽しい生活を送る。

    さらに、ネット上(掲示板)では、この頃から「自虐ネタを中心としたキャラ」を作り、ジワジワと注目されるようになる。

    2007/1 には、青森の運送会社への就職も決まり、職場の人間関係も良好に進んでいく(4月からは、仕事ぶりも評価され正社員となる。)

  • 両親が離婚することになって、状況が一変していく。。。

    両親が離婚することになって、結局、親とは別れ、一人暮らしをすることに。

    2007/9 には仕事も辞め、掲示板の管理人に会いに行く旅に出る。

    この時、掲示板のメンバーだった女性に告白するも振られてしまい、

    家族も離れ離れ・仕事も無し・好きな人にも振られる、、、こーいった孤独感が、再度 「自殺」 へと彼を向かわせた。

    「自殺」を決意した加藤は、東京に車で行って、中央線で電車が来たときに線路に飛び降りる事を決意したが、この時も偶然、電車が止まった事により、一時的に自殺をあきらめる。

    その後も生きる気力は沸いてこず、秋葉原でホームレスとなって、無断駐車し車の中で死んだように過ごしていたところ、そこの駐車場の管理人に声を掛けられ、駐車料金を借金してしまう。

    だが、この時、管理人に温かい声を掛けられた事に感動した加藤は、駐車料金をちゃんと返済するために、ちゃんと働いて生きていく事を誓う。

  • 2007/11 : 借金返済を誓った加藤は、仕事を探しはじめ、静岡の自動車工場で派遣として働き始める。

    ココでは、同僚とも仲が良く、2008/3 には、同僚を連れて秋葉原ツアーも敢行した。

    またこの時から、より一層掲示板への依存を示し、自虐ネタやブサイクキャラが人気になっていく。

  • 2008/5(事件の12日前) : アメリカのサブプライムローン問題の煽りを受けて、派遣切りを宣告されてしまう

    この時、同僚には「次の仕事をどうしたらいいのか。住所不定だから、仕事もすぐ見つかるわけないし・・」と悩みを打ち明けていた。

    (結局加藤は、このあと派遣切りの対象からは外される。)

    さらに、掲示板上では「なりすまし」が増殖してスレが大荒れし、その結果スレから住民が去っていってしまう。。

    この時から、「なりすまし」への警告として、『殺傷系の事件』を起こす事を想起。

    2008/5/31 には、実際に東京に行って、刃物を買おうとしている。

    (だがコノ時は、別の商品に興味を注がれ、刃物は買わず終いに終わる)

    その後も、「なりすまし」への警告や、その行為を辞めさせるための書き込みを行っていくのだが、無視され続けてしまう。

    (もしココで、「なりすまし」からの謝罪があれば、事件を起こすことは無かったと加藤は言っている)

    結局、事件5日前(6/3)には、スレの書き込みは加藤一人だけとなり、より一層「なりすまし」への恨みを燃やしていく。

  • 事件の3日前(2008/6/5) : ツナギの紛失事件が起こる

    いつものように会社に出社したところ、自分の分のツナギが無いことに気づき、加藤はブチ切れ、そのまま無断で帰宅してしまう。

    無断で帰った事から、もう復帰することは難しいと考え、何もかも終わらせたいと考える。

    (もし、この時「ツナギ紛失事件」が起きていなかったら、秋葉原の事件は起きていなかったかもしれない。。)

    会社を辞めると決意したことで、社会との接点は完全に失われ、掲示板の「なりすまし」との関係だけが残る。

    この時、加藤は決意する。

    3日後の日曜日、秋葉原に行って無差別殺傷事件を起こす。と。

    (実際に、次の日には会社を無断欠勤し、ミリタリー専門店に行って、ナイフを合計6つ購入している)

  • 2008/6/8 : 事件当日

    加藤は、最後の最後まで、事件を起こさずに済む理由を探していた。

    それは、社会との接点を確保することだ。

    実際、事件当日に元職場の友人を遊びに誘っていたと言う・・・

    だが、その友人から誘いを断られてしまった事で、事件を辞める理由が無くなり、事件当日、2tトラックをレンタルした加藤は、そのまま秋葉原へと向かった。

    秋葉原に到着したのは、まだ午前中。歩行者天国が始まるのは午後からなので、それまで適当に時間を潰す。

    そして午後、加藤が乗るトラックは、歩行者天国を目の前にした交差点に到着する。

    だがこの時、加藤は3回ほど思いとどまっている。。。

    頭の中では決意していても、体がいうことを聞かない。

    どうしても、アクセルを踏みだす事ができない。。

    だがこの時、加藤はこんな事を思ったという。

    「今更中止にした所で、犯罪予告はしてしまっている。このまま何もしなくても、”犯罪予告”で結局自分は捕まってしまう。

    犯罪者になってしまったら、再度社会に戻ったとしても、今後自分の居場所なんてもうどこにも無いだろう・・・生きていくのが辛いだけ。。だから結局やるしか無い」

    (加藤は事件当日に、掲示板に犯罪予告を書き込んでいた。)

    そして、4回目の歩行者天国が見えてきたとき、彼は信号を無視し、アクセルを踏んだ。。。

    秋葉原 通り魔事件当日-1

参考元:加藤智大の手記 :「解」・「解+」

以上が、彼が事件を起こすまでの経緯である。

これらから分かるとおり、

  • 生活が安定しない派遣労働
  • 消費者金融からの借金
  • 希望が見えない将来
  • 人間関係を円滑に進めていけない性格
  • 両親との良くない関係性
  • 掲示板への依存
  • 2度の自殺未遂

などなど、彼が事件を起こすことになった要因が単純なモノではなく、いくつかの要因が複雑に絡み合っている事が分かる。

加藤智大(ともひろ)にとっての掲示板の存在。そして「秋葉原通り魔事件」前に、実際に書き込みをおこなっていた掲示板情報

加藤智大が書き込んだ掲示板情報

上述している通り、加藤智大が事件を起こすことになった根本的な原因は、複数の要因が複雑に絡み合ってる事が分かる。

だが、加藤は、自身の手記『解』にて、事件の直接的なきっかけは、

「自身が掲示板上で作り上げたキャラの「なりすまし」が現れた事によって、スレが荒れ、その影響でスレ住民が全く居なくなった。
その瞬間、自身の唯一の居場所であった「掲示板」を、なりすましによって奪われた。

だから、「なりすまし」への怒りや恨みの念が生まれ、「通り魔殺傷事件」を起こすといった書き込みで警告することで、なりすまし行為を止めさせ、謝罪をさせようとした」

と述べている。

上記から、ネットの掲示板が、いかに加藤にとって大事な居場所だったかが分かる。

実際、手記でも

  • 「掲示板は、空白の時間を埋めてくれる存在。空白とは「孤立」の事で、社会との接点がない、社会的な死を意味します。」
  • 「(掲示板との関係について)依存と一言で片づけれるものではなく、全ての空白を掲示板で埋めてしまうような使い方をしていた」
  • 「肉体的な死よりも、社会的な死の方が恐怖である。自分が空白(孤立)の世界では生きている意味なんて無い」

と述べている。さらに、

「現実はタテマエで、掲示板は本音です。タテマエが多い現実。良い子で居なければならない現実。

そーいったモノが嫌で、掲示板はその対局をいっていて、そこではタテマエ「0%」で、物事を語れるから、素の自分になれて、開放感があって楽に感じれる場所だった。」

とも述べている。

また。。

加藤智大が、事件直前に掲示板に書き込んだ内容や、事件前・数日間の彼の書き込みについて、事件後大きく報道されました。

【犯行前々日(6/6)の書き込み】

01:44 : あ、住所不定無職になったのか。。ますます絶望的だ

02:48 : やりたいこと・・殺人・夢・ワイドショー独占

02:54 : 工場で大暴れした。被害が人とか商品じゃなくてよかったね

03:00 : 別の派遣でどっかの工場に行ったって、半年もすればまたこうなるのは明らか

03:07 : 仕事に行けっていうなら行ってやる。流れてくる商品全部破壊してやる

03:09 : 彼女がいれば、仕事を辞めることも、車を無くすことも、夜逃げすることも、携帯依存になることもなかった。希望がある奴にはわかるまい

20:49 : ナイフを5本買ってきました

【犯行前日(6/7)の書き込み】

11:43 : 電車に乗るのもこれが最後だ

20:53 : 中止はしない、したくない

そして事件当日(05時21分)、いつも使っていた掲示板に、新たなスレを立てます。

それが、

タイトル : 『秋葉原で人を殺します。』

説明文 : 車で突っ込んで、車が使えなくなったらナイフを使います。みんなさようなら

というスレッド。

まさに、犯罪予告をおこなうスレでした。

【書き込み内容】

06:10 : 使う予定の道路が封鎖中とか やっぱり、全てが俺の邪魔をする

06:31 : 時間だ 出かけよう

07:30 : これは酷い雨 全部完璧に準備したのに

07:47 : まあいいや 規模が小さくても、雨天決行

11:17 : こっちは晴れてるね

11:45 : 秋葉原ついた 今日は歩行者天国の日だよね?

そして、午後 00時10分 に最後の投稿がおこなわれます。

「時間です」

そして、この20分後、午後 00時30分過ぎに事件が起きました。。

で。。。

実際この時、加藤が使っていた掲示板が・・

「Megaview」の「究極交流掲示板-改(究改)」という掲示板で、

ここの「【友達できない】不細工に人権無し【彼女できない】」というスレッドに、5/19 ~ 6/7 の期間中、ずっと投稿していたようです。

そして、6/8(犯行当日)に『秋葉原で人を殺します』というスレッドを自身で作成した。という流れです。

ちなみに現在では、「Megaview」じたいが閉鎖中となっていて、当時のスレを確認することはできないんですが、

以下のサイトに、当時の書き込み内容がまとめられているので、興味のある方は見てみると良いでしょう。

閾ペディア・ことのは:秋葉原通り魔事件

加藤智大(かとうともひろ)被告の家族関係(母親や弟)や生い立ち

加藤智大の家族関係(母親や弟)-1

日本中を震撼させた「秋葉原通り魔事件」

その犯人である加藤は、どのような幼少期を過ごしてきたのか・・

どのような子育てや教育を受け、どのような青春を過ごしてきたのか・・

そこに何か・・・2度の自殺未遂や、被害者10人以上の凶悪犯罪を起こした彼の人間性や気質につながる要因があるかもしれない。

ということで、彼の幼少期や青春期、親との関係性について、以下にまとめてみた。

  • 「母親からの異常なしつけ・教育」

    加藤智大は、自身の手記中で、母親からの教育について、以下のように述べている。

    「私が母親から九九を教わったのに暗唱できないでいると、その間違いを改めさせるために私を風呂に沈めるという罰を与えました。

    また、私が冬に雪で靴を濡らして帰宅すると、私を裸足で雪の上に立たせました。

    他にも、私が泣いたら、口にタオルを詰め込み、ガムテープでとめ天井裏に閉じ込めたり、

    私が夕飯を食べるのが遅いと、お皿から新聞紙の上に食事を移動させられ、その上で食べさせられました。」

    また、母親の教育が、自分の性格に深く影響を与えたことを以下のように記しています。

    「母親は自分が絶対的に正しいと考えている人でした。

    そこには母親の価値観が全てで、母親への口答えは許されず、自分が何が悪いのか説明される事もなく、一方的に罰を与えられました。

    私も同じです。誰かが私に対して、私の価値観で間違ったことをしてくると、私は説明もせずにいきなり怒りました。

    きっとそこには、説明や相談・口喧嘩といったトラブル時における、人とのコミュニケーションの取り方が、私の中で無かったからです。

    それは、相談などのプロセスを経ずに、相手に直接痛みを与える、母親からの教育が大きく影響していたからです。」

    このような母親から受け継いだ価値観や気質は、彼の青春時代に少しづつ表に出てくる事になります。

  • 「頭が良く運動もでき、友達も彼女も居た青春時代・・・だが、突発的な暴力を行う事もあった」

    これは、かなり以外な事だったのだが、

    彼が学生時代の時は、頭が良く運動もでき友達も普通に居たそうです。

    彼の手記では、ゲーム好きな5人組でいつも一緒に居て、学校が終わると一人の自宅に集まって、ゲームやったり漫画を読んだりする生活が、小学校から高校卒業まで続いたと。記載があります。

    また、中学の時には、二人の女の子(同級生)と付き合ったりもしたみたい。(結局、母親にバレた事で、強制的に別れさせられた。みたいですが)

    ただ、一方で、この頃から突発的な暴力的行為が目立ったといいます。

    家の壁に突然殴って穴を空けたり、教室の窓を急に割ったり・・

    加藤は、この時の事を以下のように振り返っています。

    「言葉では伝えることができず、態度で示すタイプだった。

    何か気に食わない事があると、言葉で説明するんじゃなくて、怒声を上げたり、手を上げたりした。」

    これは、上述している「母親からの教育」によって培った、彼の行動特性と言えるでしょう。

参考:加藤智大の手記:「解」・「解+」

上記を見てみると、説明や相談といった言葉でのコミュニケーションよりも先に、行動に移してしまう彼の行動特性は、母親からの影響が多大にあることは明白でしょう。

社会人になってからの、「無断欠勤」や「無断退職」などは、彼のこの行動特性のせいなのだと、彼本人が手記の中で語っています。

また、青春時代から「突発的暴力性」の気質も持っていた事から、彼の「自殺未遂」や「秋葉原事件」への片りんが見えている事も分かります。

もし仮に、彼が「行動」に移す前に、誰かに「言葉」でのコミュニケーションを取っていれば、、相談していれば、、

事件は起きなかったのではないでしょうか・・?

「秋葉原通り魔無差別殺傷事件」から7年 : 加藤智大の現在(死刑判決)と、家族(弟)の自殺

事件後 加藤智大の死刑判決と、弟の自殺-1

あの事件から、7年が経った現在(2015年)。

加藤はどーなったのか・・

そして、加藤の家族である「加害者家族」は、今どのような生活を送っているのか・・

それらを、以下にまとめてみた。

  • 「2015/2/2:最高裁によって、加藤智大の『死刑』が確定する」

    2011/3/24・・・第一審:死刑判決

    2012/9/12・・・第二審:死刑判決(加藤の控訴を棄却)

    そして、

    2015/2/2・・・最高裁(第三審):死刑判決(加藤の上告を棄却)

    これによって、事件から「7年」を経て加藤被告の「死刑」が確定されました。

    最高裁での櫻井裁判長は、判決事由について以下のように言及しています。

    「被告は秋葉原の歩行者天国における無差別殺人を企て、周到な準備のもと残虐な方法で実行した。事件が社会に与えた衝撃は大きく、遺族の処罰感情も峻烈(しゅんれつ)だ。

    また、派遣社員として職を転々とするなか、社会への不満を募らせ、孤独感を深めていたときに、没頭していたインターネットの掲示板で嫌がらせを受けた。

    その相手に対し、嫌がらせが重大な結果をもたらすことを知らしめようとして犯行に及んだという動機や経緯に酌量の余地は見いだせず、死刑を認めざるをない」

    このように述べ、上告を退ける判決を下しました。

    参考元:NEWSまとめもりー:秋葉原通り魔事件の加藤智大被告に死刑判決! → 家族(弟・母親・父親)の現在が悲惨すぎる。。。

  • 「2014年、加藤の実の弟の自殺(享年28歳)」

    加藤には、2歳年下の実の弟が居ました。

    弟の方は、加藤とは違って順風満帆な人生を歩んできたのか・・・

    答えは、「否」だ。。

    加藤の弟は、高校を3ヶ月で退学し、その後5年間もの間、引きこもり生活を送っている。

    引きこもり後は、実家を出て上京し一人暮らしを始めるのだが、、

    そこで、秋葉原の事件が起きてしまう・・

    事件当日。。彼は「加害者家族」となってしまい、着の身着のままアパートを出て、以降、住居と職を転々とする日々。

    それでも、引っ越して1ヶ月もすればマスコミの人間が彼のもとを訪れる。

    「やっぱり、どこに行こうと逃げられないんだな。。」

    彼は、そう諦めの思いを抱いたという。

    だが、そんな生活の中でも、一つだけ「希望」があった。

    それが、「恋人」の存在。

    彼が、秋葉原事件を起こした加藤智大の実の弟であるという告白をしても、彼女は受け止めてくれたという。

    だが、幸せは長くは続かない。。

    彼女との結婚の話になると、彼女の両親が猛反対。結局、2人の関係は破綻してしまう・・

    「一家揃って異常なんだよ、あなたの家族は!!」

    彼女からのこの言葉が、彼にとって、もっとも辛く絶望的になった言葉だったと、彼は振り返る。

    こうして恋人との別れを経験して以降、彼は社会との接触をできるだけ避けるようになっていく。

    そして、2014年「28歳」という若さで、みずからこの世を去っていった。。

    「被害者家族は言うまでもないが、加害者家族もまた苦しんでいます。」

    と命がけで、加害者家族の苦しみを訴えていた。。と、彼に長年インタビューをおこなっていた「週刊現代」の記者は語った。

    参考元:現代ビジネス : 独占スクープ!「秋葉原連続通り魔事件」そして犯人(加藤智大被告)の弟は自殺した。

  • 「加藤の母親と父親」

    これは、事件後の加藤の母親と父親の謝罪会見動画だ。

    父親が記者の質問に答える途中、急に力なく膝から崩れ落ち、うなだれながら土下座するような形で動けなくなった母親

    そして会見が終わっても立ち上がれぬ母親を、父親が抱きかかえるようにして自宅の中へ入っていった姿が、とても印象的だった謝罪会見だった。

    この後多くのメディアが、加藤が母親から「虐待」を受けていたという事実を書き立て、母親は一時精神科に入院し、面会すらできないほどの酷い状況だったという。

    そして父親のほうも、脅迫や嫌がらせ電話が相次いできて、勤めていた信用金庫も退職したという。

    (ちなみに両親は、事件以前に離婚している)

以上です。

ここまで述べてきたとおり、事件後いかに、加害者家族が社会的にバッシングを受けどこにも居場所のないまま、苦しんできたかが分かります。

その苦しさは、僕たち第三者の人たちからしたら、想像を絶するモノだったでしょう。。

加藤智大の著書:「解」と「解+」を読んでみて・・・

加藤智大の著書:「解」と「解+」-15

【はじめに】

「今回、事件に関する経緯・背景・事実を全て説明しようと、この本を書くことにしました。」

「私はどうして自分が事件を起こすことになったのか理解しましたし、どうするべきだったのかにも気づきました。」

「つたないながら、それを説明できる言葉も見つけました。それを書き残しておくことで、似たような事件を未然に防ぐことに成るものと信じています。」

(参考元:「解」より)

加藤智大は、最初にこう言葉を綴ってから、本編の方へと続いていきます。

「解」の本編では、当記事でまとめてきたような・・

  • どのような経緯・背景のなか、事件を起こす事になったのか・・
  • どのような幼少期を過ごし、どのような教育を受けて青春期を過ごしてきたのか・・
  • さらにそこでは、どのような価値観や気質を培ってきたのか・・

これらの事が、彼の目線にて詳細に記載されています。

また、

「解+」の方では、

「解」では述べられなかった事や、訂正したいことが記載されていて、

事件が起こった原因と、秋葉原事件のような凄惨な事件を起こさないための対策について、様々な角度から分析され、まとめられています。

「解+」の方は、どちらかというと、事件の全容を事細かに知りたい人というよりも、

当時の加藤と同じように事件を起こそうとか・自殺をしようとか思ってる人向けの内容になっており、

秋葉原事件を例に、一般的な事件の起こり方や起こる原因。そして事件を起こす人の特徴や、事件を起こさない人の特徴について、詳細に述べられています。

(個人的には、事件の全容や「加藤」という人間について詳細に知りたいだけであれば、『解』 だけ読めば十分だと思います。)

最後に : 「私は加藤の死刑は反対です!!」

加藤智大被告の死刑を反対するゆとり君-11

『 7人が死亡、10人が負傷。。死傷者の数 計:17人』

多くの観光客や人達でゴッタ返した、秋葉原の歩行者天国は、一瞬にして血の海と化し、悲鳴や怒号が鳴り響く。

事件が起きた現場は、おそらく想像を絶するような凄惨な光景となっていただろう。。

事件後には、様々な条例や法律の改正が政府によっておこなわれた(以下)

  • 歩行者天国の中止
  • 秋葉原での警備パトロールや監視カメラの設置強化
  • ネット上での、犯罪予告への取り締まり強化
  • 銃刀法の改正(ダガーナイフの販売禁止)

これらの事からも、加藤智大が起こした事件が、いかに社会的に大きな影響を与えたかが分かるだろう。

被害規模からも、社会的な影響からも、彼の「死刑判決」は当然の結果といえる。

けど、それで良いんだろうか。。

「本当に「死刑」で終わらせていいんだろうか・・」

彼には、自身でも言ってる通り、社会への説明責任がある。

日本社会に属する多くの人への説明責任が。

同じような凄惨な事件が起きないために。。同じような猟奇殺人者が生まれないために。。同じような加害者家族が生まれないために。。

そして、同じような被害者・被害者家族が生まれないために。

加藤だからこそ伝えれる言葉っていうモノがあるし、加藤だからこそ救えれるヒトっていう存在がきっといるはずだ。

それが、

「罪を償う」ってことじゃ無いだろうか・・

「だから僕は、彼の「死刑」を全力で反対する!!」

加藤智大被告の死刑を反対するゆとり君-12

次回:

→ 秋葉原通り魔事件・加藤智大の「死刑反対デモ」を、事件現場に行っておこなってきた!!

では。

秋葉原通り魔無差別殺傷事件・加藤智大被告の家族関係(母親や弟)や事件背景。そして現在(死刑判決)についてまとめてみた」への3件のフィードバック

  1.  加藤智大死刑囚も彼が言うようにイケメンに生まれてさえいれば、違う人生だったかもしれないね
     現世では大罪を犯してしまったけれども、心から反省し死刑になって、罪を償って、来世があるのなら生まれ変わって、今度こそいい人生を送ってほしい
     みんな金持ちで、顔がよくて、健康で、頭もよくて、環境もよくて、運もよくて、いい暮らしをして、家族や友人に恵まれ、幸福な人生を送りたいと思っていますが、正直すべてはうまくいかないのが人生です。
     本当に加藤智大死刑囚は巡り合わせが悪かったのかもしれない、色々な悪い条件が重なって殺人罪を犯してしまった。絶対に許されることではないが、この人に怒りもありますが、哀れみもあります。

  2. 死刑反対の理屈が稚拙
    これから起きるはずの事件を解決できるかもしれないから死刑を反対なのか?
    では、起きてしまった事の罪はどうやって償うのか?
    少なくとも死者7名の遺族は、
    加藤死刑囚に生きてほしいと思っているだろうか。

    自分が愛する人を殺されたとき、それでも死刑反対と言えますか?
    結局は自分に関係のない人だから言えるのです。
    重大な事件だからそれを利用すれば、
    自分は有名になれるとでも思ったのですか?
    法的にも倫理的にも死刑反対の理屈としては全くの稚拙内容であり
    根拠としても薄い
    自分が遺族だったら、法で許されるのであれば、
    犯人を殺したいと思うし生きてほしいなんて絶対に思わない。

    今日を「生きたい」と思いながら死んでいった被害者たち。
    加藤死刑囚も、
    今日を生きたいと思いながら、殺される苦痛を味わったらいいと思う。
    それは確定してるけどな。

  3. 主さんは、裁判をあまり知らないように思います、というか知らないんだと思います。
    純情な人なんですね。
    被告人は、減刑を狙ってありとあらゆる手段を取ってきます。
    作り話をしてもね。
    それを見極める力を培ってください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です