二階堂奥歯の人物像やブログ日記(本):「八本脚の蝶」の内容まとめ ~彼女が自殺した理由や、雪雪さんや哲(彼氏)の存在

二階堂奥歯のブログ日記:「八本脚の蝶」を読んでいる男性-1

どーもー、ここ数日間「二階堂 奥歯(にかいどう おくば)」という女性のブログ日記をずっと読んでいた「ゆとり」でーす。

皆さんは、この女性をご存知ですか?

二階堂奥歯とは、2003年4月26日に飛び降り自殺でこの世を去った若き女性編集者です。(享年25歳)

子供の頃から本を読むことが異常に好きで、

「私は就職してから年に多分365冊を超すぐらいの本を読んでいる。学生の時はその倍、小学生の時はその三倍は読んだ」

と語っています。

学力も非常に高く、学生時代には全国模試で何度かトップを取ったことも。

大学は、早稲田大学の第一文学部哲学科で、哲学や宗教学に傾倒していき、大学卒業後は、自身の特性を活かし毎日新聞社と国書刊行会で編集者として働きます。

一方で、彼女は少女のドールや球体関節人形の収集であったり、性やSM(サディスト・マゾヒスト)についても異常な関心を示す、特殊な趣味・趣向を持ち合わせていました。

そして、

彼女は、自殺する約2年前から「八本脚の蝶」というブログを始め、死ぬその日までブログを更新し続けます。(2001/6~2003/4)

二階堂奥歯:「八本脚の蝶」

(その時のペンネームが「二階堂奥歯」という事から、この名前が定着します)

このブログは、同業者(編集者や作家)をはじめ、多くの人々から注目され、彼女の死後には書籍化もされます。

その後、10年以上経った現在でも、二階堂奥歯のブログは多くの人に読まれ続けています。

っていう感じなわけです。

僕自身は、最近「メンヘラ」について記事を書いていく過程で、彼女のことを知ったわけですが、

メンヘラの意味とは?25の特徴や症状、原因や治し方(治療法)まとめ ~メンヘラ女子と付き合いたい時の対応ポイントも!

(彼女だけじゃなく、「南条あや」や「メンヘラ神」という人物も知ることになり、別記事にまとめています)

南条あやの日記ブログや著書:「卒業式まで死にません」まとめ ~本名:鈴木純の父親や婚約者情報、18歳で自殺した真相も

(ただ、二階堂奥歯に限っては、メンヘラとはまた全然違った属性というか、”メンヘラ”って言葉だけで語られるようなそんな単純な存在ではありません。)

というわけで今回の記事では、二階堂奥歯のブログ内容や感想から、さらに詳しい彼女の人物像や関係者(家族や彼氏etc)について。

また、「彼女はなぜ25歳という若さでこの世を去ったのか」・・・その理由についても、自殺前のブログ内容から推察してみました。

以下、目次。

  1. 二階堂奥歯の人物像まとめ ~家族や彼氏、恩師についても
  2. 彼女のブログ日記:「八本脚の蝶」の内容や感想
  3. 二階堂奥歯の自殺前1ヶ月間のブログ内容から、彼女が自殺した理由を推察してみた
  4. 最後に・・・「八本脚の蝶」の印象的な文章まとめ

二階堂奥歯の人物像まとめ ~家族や哲さん(彼氏)、恩師である雪雪さんの紹介も

二階堂奥歯の人物像まとめ-1

まずは、彼女の人物像について詳細にまとめていきます。

  • 「5人家族・3人姉弟で、裕福な家庭に育つ」

    一般的に、若いうちに自ら命を絶つ人というのは、まず家庭環境に疑いが掛けられるのですが、二階堂奥歯の家庭は、家族関係が悪いとか、DVや虐待があったとか、貧困層であるとか、そういった問題はありません。

    むしろ、彼女の日記から親子・姉弟関係が良く、かなり裕福な家庭に育っていることが分かります。

    「うちの庭は日本庭園で、裏庭は薔薇園になっている。晴れているので、庭のテーブルでお茶を飲む。(2002/5/6)」

    「鉄腕アトムが大好きな父が入院するので、弟と一緒にお見舞いのアトムグッズを手塚治虫ワールドに買いにいきました。(2002/6/11)」

    「私の親は、子どもの私より大きな身体を持ち、愛情深く、熱心で、ユーモアと知恵と機転とマメさがあり、私が責任と自由を重んじる誠実な人間になることを願いながら育ててくれた。元文学少女の母と画家の父のおかげで、書物や美術は身近な親しいものだった。
    私の親族は皆それぞれ代々事業をしており、地方都市では裕福な方だったと言えるかもしれない。父や(父方母方双方の)祖父は沢山の人を使っていたが、それでも彼らを偉大な人間だとは思わなかった。(2003/1/22)」

  • 「幼い頃から、とにかく多数の本を読んで育った」

    二階堂奥歯は生前、毎日新聞社と国書刊行会で出版・編集者として働いており、以下のような言葉も残している。

    「私は就職してから年に多分365冊を超すぐらいの本を読んでいる。学生の時はその倍、小学生の時はその三倍は読んだ」

    (彼女は幼い頃から、1日1冊以上の本を常時読み続けていたという事になる。)

    高校時代には、図書委員長になったともブログには記載があります。

    また、以下の文章から、いかに彼女が多くの本を読んできたのかが分かります。

    好きな本を3冊選ぶとしたら、ヴィトゲンシュタイン:『論理哲学論考』、ボルヘス:『伝奇集』、レアージュ:『O嬢の物語』を挙げる。

    そしてその中から1篇の言葉だけを選ぶとしたら、それはボルヘスの「バベルの図書館」にある次の言葉だという。

    「宇宙は、真ん中に大きな換気孔があり、きわめて低い手すりで囲まれた、不定数の、おそらく無限数の六角形の回廊で成り立っている」

    (多くの本を読んできた人が挙げそうな感じのタイトルですよね・・)

  • 「本だけじゃなく、その他の美術・芸術・創作全般に詳しい」

    二階堂奥歯のブログ日記を読んでいたら分かりますが、彼女は、日頃から美術館や博物館、写真展、画廊などによく行っていて、そっち方面の造詣も深いことが分かります。

    また、アニメや音楽も好きなようで、以下のような記事を残しています。

    ・「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」(押井守監督 1984)をはじめて見た!
    これをリアルタイムで見ていたら人生変わっていたと思う。同じ向きだったかもしれないけど、加速していたのは間違いない。
    「トップをねらえ!」(庵野秀明監督 1988)を抜いて、現在、奥歯内アニメオールタイムベスト1作品。
    このような作品が生み出されたことに感謝。そしてそれを私が見られたことにも。(2002/1/4)

    ・いよいよ仕事が切羽詰まり、気がつくと筋肉少女帯を口ずさんでいる私。やばいです。まるで受験生の頃に戻ったようです。やや壊れた感じでがんばるときは筋肉少女帯なのです。(2/4)

    ・高橋しん『最終兵器彼女』がアニメになるそうだ。
    「私、最終兵器彼女になりたいな。」→「えっなんで、人いっぱい殺さなくちゃいけないよ。苦しいよ」→「うーんそうだねー。でも存在価値与えられるし。人体改造されるのいいし。私、人工的に作られて創造主のために死にたいんだよ。綾波レイになって碇指令のために死ぬとか」(4/28)

    (「トップをねらえ!」や「最終兵器彼女」を出してくるあたりが、アニメ通であることが分かります。)

  • 「学力も全国トップレベル」

    二階堂奥歯は、読書家なだけでなく、学力もかなり高かったようで、以下のように日記を残している。

    RPG が好きな私は受験勉強も好きだった。
    問題集をこなしてレベル上げ、模試という名の中ボスを倒し、入学試験というラストバトル。
    自分の能力も敵キャラの能力も全部数字で出てくるし、第一ちゃんとレベルが表示される。
    好きで向いていた上、熱心で真面目なプレイヤーだった私は何度か全国一番になった。(2/4)

  • 「早稲田大学第一文学部哲学科に入学」

    上記の学力から、選んだ大学は「早稲田」

    学科は哲学で、この頃は「哲学研究会」にも所属していたそうです。

    二階堂奥歯が、哲学や宗教学について造詣が深いところは、ブログの至る所から読み取れますが、以下がその一例です。

    クワインの読書会に参加。
    クワインならクワインの考えを自分の中に移し、自分の考えを涵養(かんよう)させて、自分の口から流れ出させる。
    それが哲学書を読むときに私のやりたいことだ。うまくいかないこともありつつも。
    そして、そうでなければ哲学のダイナミズムとか、認識の変化する瞬間のスリルとかが味わえないと思う。(味わうのが目的ではないが)。

    (クワインとは・・・ウィラード・ヴァン・オーマン・クワインの事で、アメリカ合衆国の哲学者、論理学者であり、20世紀の哲学者のなかで最も影響力のある人物の一人と言われている)

  • 「”女性”としての美しさ」

    二階堂奥歯の容姿や顔は、ネット上どこを探しても見つからなかったが、彼女のブログを拝見する限り、彼女は「才色兼備」のように感じる。

    それは、ファッションや化粧品、肌ケアへの強いこだわりが伺える文面だったり、(例:2001/7/2 の記事)

    その他、ナンパや痴漢、強姦未遂に遭っている事からも、彼女は女性としても美しかっただろう事が伺えます。

  • 「少女のドール(人形)好き」

    二階堂奥歯の特殊な趣味・趣向の一つに、少女のドールや球体関節人形の収集がある。

    ブログを読む限り、彼女の異常なドールへの関心や憧れが伺えます。(以下、例)

    ・私は少女人形のような身体になりたいといつも思っていて、自分の身体ってちょっとどうよ。って思っているんだけど、この身体つきだとヴィヴィアンの服が似合うという事がわずかな救いの一つなのです。(9/6)

    ・(少女の人形を見て)私は、彼女を変えることはできない。彼女の中に何かを残すことができない。彼女と私は決して交じり合わず、相互作用することはない。
    絶対に私と浸透しあうことがない他者である彼女を、私が所有する、そんなことができるだろうか。
    私は腐っていく。私は朽ちつつある。彼女は変わらない。彼女は誰も見ない。(11/28)

    ・(ハリーポッターのハーマイオニーを見て)「なんて可愛いの。ああこの子は今死んでしまった方がいい。こんな子が歳をとってしまうなんてそんなこと勿体無くて。剥製に! いや、プラスティネーションに!」(8/20)

    ・それ(少女)はとても抽象的な存在だ。女の子や人間よりは妖精に近い。ただ、女の子と同じ姿形をしているのでとても間違われやすい。
    「少女」は素敵なものだ。それは純粋で綺麗で観念的だ。
    私は「少女ごっこ」をする女の子になった。素敵な抽象物になろうとした。お手本は例えば美術館で見た天野可淡(あまのかたん)の人形。
    自分の躰は着せ替え人形だと思う。
    問題なのは、着せ替え人形はいくつでも持つことができるが、自分の躰はひとつしか持てないということだ。
    このたったひとつの着せ替え人形で私は遊ぶ、メイクやお洋服や小物を入れ替えて遊ぶ。
    この躰は私が作った。いろいろなイメージを投影した作り物だ。
    女を素材にして「女」を作ってみました。(10/8)

  • 「性やエロス、サディスト・マゾヒスト(SM)といった耽美的なモノへの関心」

    二階堂奥歯の特殊な趣味・趣向の二つ目です。

    彼女のブログから、「奇譚クラブ」や「風俗奇譚」というSM雑誌を愛読していたこと、小3の時に「江戸川乱歩全集」を読み始め、エログロへの道を歩みだした事。

    その他、猟奇的で残酷で拷問的なんだけど、そこに耽美的な美しさや深さのある書籍が、多数彼女のブログには引用されています。

    また、女性だけの全裸オーケストラという某AV制作会社の企画に参加したことも(2002/5/19)

    ※奇譚クラブ : 昭和の時代に出版されていたSM系の雑誌(SMを扱った文学作品として有名な団鬼六の『花と蛇』等の作品も、この雑誌から発表されている)

    ※風俗奇譚 : 同じく昭和の時代に出版されていた風俗雑誌である。SM、男性同性愛、女性同性愛など、アブノーマル系の題材を扱っていた。

    ※江戸川乱歩 : 大正から昭和にかけての小説・推理作家であり、男装・女装、人形愛、サディズムやグロテスク、残虐趣味などの嗜好の強さが特徴である。

    二階堂奥歯がこれらに強く関心を抱いていた、いくつかの日記文(以下)

    ・大人向け「江戸川乱歩全集」を読み始め、エログロへの道を歩みだしたのであります(小学3年生の頃)(2002年7月11日)

    ・もう思いきって風俗資料館(性文献を集めた会員制図書館)の会員になろうかな。入会金も利用料も高いから、もう何年も見送っているのですが。(1/6)
    (ここには、「風俗奇譚」の雑誌も所蔵されている)

    ・マゾヒズムやエロティシズムは、その深みでは聖性と結び付くと確信しているわたくしではありますが(9/22)

    ・ピエール・モリニエ・・・画家。人形作家。写真家。
    ナルシスト。フェティシスト。女装狂。近親相姦と死姦の愛好者。拳銃マニア。自殺者。
    みずからの精液で絵を描いた男。みずからの絵の中で女となり、みずからと交合しようとした男。
    みずからのつくった人形に、みずから化身しようとした男。そのさまを写真に記録し続けた男。
    密室のなかで自己完結しようとした男。
    不可解な男。明るい男。単独者。両性具有者。天使。涜神者。
    今世紀のもっとも猥雑な、しかも純粋なスキャンダリスト。

    私はモリニエの作品の全てが好きなわけではない。その精神が好きなのだ。彼が幻想を現実化したその力を、自らを素材にして理想の異性をこの世に造り出したその意志を、私は尊ぶ。17歳のとき、私は前掲書を読み、この文章を読み、そのような者が世界にいたことを感謝した。

  • 「彼氏の哲(さとる)氏」

    二階堂奥歯のブログにも登場しますが、彼女は生前付き合っていた彼氏がいます。

    彼女は、自殺する20日前に、彼(哲氏)からのメールを引用している。

    2003/4/6 の日記(2002/9/10 の彼からのメールを引用)

    僕は奥歯を見捨てない。僕だけは奥歯を許してあげるの。だってこんな僕を愛してくれる唯一の人だもの。
    奥歯の死を思うとき、僕はどうしようもなく悲しくなって涙が出てくるんだよ。その涙は絶対に嘘じゃないよ。

    奥歯が死に瀕してね、死への期待と不安とで張り裂けそうな時、僕は奥歯のそばにいてあげるの。そしたら少しは怖くないでしょう?
    よくがんばりましたって言ってあげるの。こんなにも残酷な、こんなにもあなたを責めたて続ける世界に、よくもあなたは耐えましたって。もうがんばらなくてもいいよって。もう耐えなくてもいいよって。もう死んでもいいよって。

    でもね。これだけは知ってて。本当の本当はね。世界はあなたのことを愛しているよ。だから愛しい人、あなたが幸せでいられますように。あなたが世界に許されますように。あなたが、あなたを、あなた自身を許せますように。あなたの幸せだけが、あなたの安寧だけが、私の望みです。

    さらに、彼女は死ぬ当日に、彼に文章を残しています(詳細は次の章に残しています)

  • 「恩師の雪雪さん」

    二階堂奥歯のブログで一番出てくる名前が、「雪雪」という存在です。

    彼女が16歳の高校生の頃に、彼に初めて出会った時の事が書かれています。

    ・私が生まれて初めて出会った「自分より本を読んでいる人」は書店員をしていた。
    私は16歳で、雪雪さんは私の17歳上だった。
    私はあの時インフォメーションカウンターで雪雪さんに出会うためにそれまで生きて本を読んでいたのだった。
    私は宿命を見つけるように雪雪さんと出会い、雪雪さんは私にいくつも種子を埋め込んだ。
    今、私が考えていることはほとんど雪雪さんが指し示しておいてくれたことだ。私の大部分は雪雪さんが造った。
    手元に、雪雪さんが最初にくれた手紙がある。これには私に薦める本の一覧が載っている。
    店頭での、のべ数十分の立ち話で判断して書いてくれたリストがその後の私を決定的に変えた。(2002/8/26)

    (同日の日記に、紹介された本の一覧がまとめられています)

    ・私の知ることができない遠くを見すえている誰か、私を私自身よりも深く知っている誰かに会うことはないだろうと思っていた。
    家庭の中でとか、会社の中でとか、周りの状況の中で色々なことをする人はいるが、世界の中で進み、探し求め、知り、得て、何かを造る偉大な人に会うことはないのだろうと思っていた。
    17歳の時に出会った雪雪さんは、私の知ることが出来ない遠くを見ていた。彼は世界の成り立ちを知りたがり、ここではないどこかを見ようとしていた。私はそのような人がいることを驚き喜んだ。(1/22)

    彼女と雪雪さんは、彼女が死ぬまでずっと関係を持っていたようで、(付き合ってはいなかった?)

    彼女が自殺をほのめかす日記を投稿するようになった、死ぬ1ヶ月前の頃から、頻繁に自殺を止めさせる説得メールを送っていたようです。

    (以下、やりとり)

    ・正面から雄雄しく戦ってはならない。負けろ。
    あなたはどうしてそんなに、嘘をつくのが下手なんだろう。
    じぶんの魂に誠実であってはならない。魂を売り渡して生きろ。醜くだ。逃げ道はある。
    逃げなければならないものから逃げ出すんだ。立ち直るな。退却しろ。(2003/4/4 雪雪さんのメール(彼女の自殺未遂を知って))

    ・(彼女からのメッセージ)ねえ雪雪さん、どこかへ行けるかもって思ってました。
    私は行けなくても、雪雪さんはきっと行けると思ってます。今も。
    でも私はそれを見届けることができなさそう。どこかへはとても行けなさそう。
    もうすぐ力尽きてしまう気がするの。まだ大丈夫だけど。今夜はまだ大丈夫だけど。(2003/4/15)

    ・生き続けることはあなたの戦いでは無いけれど、あなたを生き永らえさせる事は僕の戦いです。
    昨日一日中あなたのことを考えるのに使った。ぼくの辞書には「あきらめる」という意味の言葉が何種類かある。けれどあなたに対して適用されるものはない。あっても消す。
    追伸
    あなたに出会う前に、ぼくが終わっていなかったことに感謝する。
    あなたが治療してくれたからこそ、今を歩いているのだから。
    そして将来、あなたに出会い損ねて、そのことを無念に思うすべもない人を危ぶむ。(4/23 の雪雪さんのメール(彼女の自殺未遂後))

    この他、多数の雪雪さんからのメッセージが、二階堂奥歯のブログには引用されていて、彼女の人生の唯一の恩師(尊敬者)であることが分かります。

以上、二階堂奥歯の人物像や関係者のまとめでした。

二階堂奥歯のブログ日記(本):「八本脚の蝶」の内容や感想 ~彼女に試された僕(読者)

二階堂奥歯のブログ日記:「八本脚の蝶」-1

続いて、彼女のブログ日記:「八本脚の蝶」の内容や、一通りぜんぶ読んだ僕の感想や考察について、順にまとめていきます。

  • 「八本脚の蝶」の内容

    主に、以下の内容が多く書かれています。

    ・自分の読んだ本の紹介や引用文、感想。

    ・その日行った場所や感じたこと、普段の日常(美術館や博物館、写真展や画廊、映画館等によく行っている)

    ・美について(ファッションや化粧・肌ケア)

  • 「膨大な知識量(読書量)と、圧倒的な文章力」

    二階堂奥歯のブログには、世界中・古今東西の書籍が引用されています。

    そういう意味では、書評集・ブックガイドのように読むこともできますが、僕はソレが目的じゃ無かったので、彼女の引用する作品のほとんどを知らない僕にとっては、ソレがつまらない要素でもありました。

    なので、彼女の引用する作品群を多く知っている方がもっと深く読み楽しめたと思いますが、彼女の知識量や思考の基準(物事の捉え方)と同じ位置に立つには、ものすごいハードルが高いと思います。

  • 「人間味が薄い日記」

    最後の1ヶ月間の内容はともかくとして、それ以外の彼女の日記からは、”人間味”というのをほとんど感じませんでした。

    何かの引用であったり、俯瞰的で悟ったような文章や文学的な文章ばかり。。。

    なので、正直個人的にあまり面白いブログとは思えませんでした。

    (面白く思えないのは、自分の知識量や知能のレベルの低さと言われれば、否定はできませんが、、)

    個人的には、もっと仕事や人間関係の悩みだったり、恋人との悩みだったり、世間一般的な人が感じる悩みをリアルに(俯瞰的ではなく)書いてほしかったですね。

  • 「”自分の人生”という物語」

    二階堂奥歯がブログ日記を始めた理由。

    その一つが、”彼女自身の物語化” です。幼いころから数多くの物語を読んできた彼女。

    そして最後に、自分自身の人生を物語にするために、死ぬ寸前まで彼女は日記を書き続けたのです。

    ソレを示しているのが、以下の一文です。

    さて、ここに一冊の本があるとします。
    装幀も綺麗でうっとりするような本です。
    その本には驚異と魅惑に満ちたお話が記されており、読めば読むほどひきずりこまれるのです。
    ところが不思議なことに、いくら読んでもまだ先があります。
    ところがある日、この本がなくなってしまいます。
    心ない人が持ち去ってしまったのか、あるいは、本が自分の意思で消えたのか。
    (中略)
    でも、その本が私自身だとしたら。私は、生きなくてはいけない?
    「物語をまもる者でありたい」と誓った16歳の私を裏切らないために。
    物語への愛と感謝とをこめて、せめて、私は生きなくてはいけない?
    私という一冊の本を、私が破棄してはいけない?
    いけない。そんなことをしてはいけない。私は、物語をまもる者だから。(2003/4/17)

    (自分自身(人生)を物語の主人公として、世に公開したいという思いは、こうしてブログを書いている僕もすごく分かります。)

  • 「二階堂奥歯は読者を試していた?」

    これが、彼女がブログ日記を書いていた、二つ目の理由です。

    実際、僕も彼女の日記を読んでいて、彼女に試されている感じを受けました。

    「あなたには、私の言っている事が理解できる?私の思考に付いてこれる?」

    こんな感じで。

    実際、彼女をよく知る文芸評論家(幻想文学の編集長)によると、彼女に「どうしてこういうものを書いているの?」と聞いた際に、「WEBで発信しておくことで、自分と同じような悩みを持つ人や同じような嗜好を持っている誰かに、いつか自分の言葉が届くかもしれない。その人たちのためにも、私は日々、書き綴っているんです」と答えたそうです。

    僕たちは彼女に試されていたんです。

    (とある日の、二階堂奥歯の日記)

    私を従えることができるのは、私が従う人だけ
    私が従うのは、私を従えることができる人だけ

    私を読んで。新しい視点で、今までになかった解釈で。誰も気がつかなかった隠喩を見つけて。
    行間を読んで。読み込んで。文脈を変えれば同じ言葉も違う意味になる。
    解釈して読みとって。そして教えて、あなたの読みを。その読みが説得力を持つならば、私はそのような物語でありましょう。
    そうです、あなたの存在で私を説得して。(10/2)

  • 「彼女は、”神”を求めていた」

    これは、上記にも繋がってくるのですが、

    二階堂奥歯は、「神」という存在はいない。としながらも、彼女が「神に変わる存在」を求めていた事は、日記の至るところから読み取ることができます。

    彼女は誰かを信仰したかったのでしょう。誰かに管理してほしかったのでしょう。

    その相手を探すのが、彼女がブログを書いた3つ目の理由です。

    ・好きな人でも、神でも、理想でも、信念でも、その為に死ねるものがあるなんて、めちゃくちゃテンション高くキラキラした人生だろうな。
    でも、それで長生きすることを良しとするんじゃなくて、切腹とか殉教とかに惹かれるのは、私はそんな風に何かを信じ続けることができないだろうと思っているからです。(3/13)

    ・「神」を信じさえすれば楽になるということは重々承知なのです。でも、そんな操作をして楽になるのって欺瞞だわ。
    幸福さは罠だ。とにかく、安易な解答には決して飛びつかないこと。瞬時にして幸福にしてくれる何かがあったらそれとは一線を画すこと。(5/30)

    ・私には「ご主人様」が必要なんです。
    「お前は私のために生き、私のために死ね」=「お前の存在の根拠は私だ」=「お前は存在していていい、むしろ存在しなくてはならない。私がそれを望むがゆえに。そして、お前の死もまた根拠がある」と言ってくれる人が。(12/20)

    ・ご主人様大募集!私は人間でいるのをやめて、ペットとして生きようと思います。我こそは飼い主にと思われる方はご連絡を下さい。(2003/4/4)

以上です。

ちなみに、二階堂奥歯の死後に出版された書籍:「八本脚の蝶」について。

二階堂奥歯の本:八本脚の蝶-2

Amazon:八本脚の蝶

こちら、日記の内容自体はWeb上のものと全く同じですが、書籍では、追加コンテンツとして彼女に近しい関係者:13人のコラムと(作家、書店員、恩師、友人、恋人etc)

雑誌:「幻想文学」に掲載された、彼女のレビュー(7編)が収録されています。

二階堂奥歯の自殺前1ヶ月間のブログ内容から、彼女が自殺した理由を推察してみた。

二階堂奥歯の自殺の理由-2

「聡明で賢い彼女は、なぜ自ら死を望んだのか?」

「彼女は、いったい何に絶望していたのか?」

それは、2003年4月26日、彼女が飛び降り自殺をする、約1ヶ月前ぐらいから遡ってブログを見ていく事で、彼女が何に苦しんでいたのかが伺えます。

実際、3月の後半ぐらいから日記の内容がそれまでと比べて明らかに変化していて、彼女の苦悩が伺える内容になっています。

というわけで、二階堂奥歯が死ぬ1ヶ月前からの動向(日記)を追っていきたいと思います。

  • 2003/3/23

    「綺麗なものたくさん見られた。しあわせ。そろそろこの世界をはなれよう。」

  • 3/27

    「もう怖くて仕方がありません。もうここにはいられません。
    ただ、明日が来るのがこわくて仕方ないだけです。今日が世界の終わりなら、私は幸せに生きるでしょう。」

  • 3/30(1回目の自殺未遂)

    彼らは、平気で断罪する。
    多分、彼らは気がついていないのだ。自分たちが振り回しているのが真剣だということに。多分、彼らは気がついていないのだ。にこにこと微笑む「女の子」が傷つきうるということに。
    攻撃されそうになると、私はかすかに微笑む。誠意を持って、それでもどうにかほほえみを保って謝罪する。
    「泣けよ」・「あーっ、ほんとに何も出来ない奴だな二階堂は。そうやって笑ってれば済むと思ってるんだろ。おまえね、いつか必ず失敗するよ。取り戻せないような失敗」・「死ね。死んでしまえ」
    「そんなこと、言わないでくださいよー」
    そして私は帰り道に、トラベルミンシニアを買う。一箱。

    トラベルミンシニアなら体重60キロで38~60錠。失敗なんてしないように大事をとって多めに買った。12箱。120錠。
    アルコールと飲むと効果は倍増。吐き出してしまってはおしまいだ。飲み終わる前に意識を失ってもいけない。だから、吐き止めと胃薬とグレープフルーツのお酒と烏龍茶で、私はゆっくりと800錠を飲みほした。一錠一錠飲むのではなくて、一掴みごとに何十錠も。

    私にとって、私の存在価値はゼロなのです。だれかに認めてもらって、はじめてプラス。貶されればマイナス。ゼロからはじまって、完璧にすればゼロをキープできる。失敗すればマイナス。
    今日で最期です。絶対失敗しません。準備も万端です。見て、ちゃんと死んでみせます。

    死ねなかった。死ぬことも、ちゃんとできない。

  • 4/4(2回目の自殺未遂)

    未明の経過報告。
    一時間ばかり四苦八苦しながら様々に工夫して首を吊っていましたがまったく意識はなくなりませんでした。
    ただ、一時間ばかりしてさすがにおかしくなってきました。ただひたすら喉に食い込むロープが痛く、頭が痛くて。
    ねえ、痛いからって首つり止めるような人がいるでしょうか。私ですけど。
    本当に、今夜死ぬつもりだったのに、痛いからって、痛いからって私止めるんです。
    痛くないのは薬だけだと思います。薬は三回三種試しました。三回とも失敗しました。
    なんで、死ねないんでしょう。何かの罰なのでしょうか。

  • 4/7

    GW明けまで休職することにしました。突然、清澄(せいちょう)な気分です。こわくありません。
    取りあえず一ヶ月、私は生きてみます。
    今夜眠ったら、朝が来るだろう。
    朝が来たら、私はカーテンを開け、明るいベッドに潜り込むだろう。
    私は化粧をしないだろう。
    私はきれいに自分を作り出さないだろう。
    私は微笑まないだろう。
    私は誰にも会わないだろう。そして明るく挨拶もしないだろう。
    一ヶ月。それは今はまるで永遠のように思える。
    私は一ヶ月、一人になる。

  • 4/14

    明日まで生き延びることに必死だなんて。生きるという当たり前のことをこれほど恐ろしがるなんて。
    大学を出たら普通は働いて生計を立て自活する。あたりまえのことだ。生きるのは、明日を迎えるのは、あたりまえのことだ。
    そんな当たり前のことが、私にはものすごくがんばらないとできないのだ。

    私はがんばれる。明日も明後日も生きる。そして、連休明けから出社する。
    おろしたての春のスーツで、きちんとご挨拶して。そして普通に働く。普通の人が普通にするように。
    それは、がんばってできないことじゃないはずだ。勿論、私にはできるはずだ。私はまだがんばれる。ちゃんと。普通に。あたりまえに。

  • 4/23(3回目の自殺未遂)

    適量をわずかに超す睡眠薬と安定剤を飲んで首を吊りました。前回の教訓から痛くなくて落ちやすいものを探し、ロングマフラーの結び目をさらに他の縄などで強化したものを使いました。
    死にませんでした。意識は遠くなりませんでした。平静なまま、窒息死をまつのはおそろしく、それでも観念してぶら下がっていたのに、何故か死にませんでした。
    私は死にたいです。

  • 4/26(自殺当日)

    こんなに頼りにしたのに全然あてにならない『完全自殺マニュアル』によると、もし確実に死にたいなら、「地上から20m以上、だいたい7~8階から飛び降り」すればいいらしい。13階も必要なかったわけだ。
    そして、20メートル落下するのにかかる時間は大体2秒間。
    目をつぶって数える。「1、2」目を開ける。これは、私が死ぬのにかかる時間。たったこれだけだ。

    世界がいかに精妙に美しく造り上げられているか、私は知っている。
    枝分かれし続ける物語で出会ったみなさん。あなたを、私は祝福します。
    どうかしあわせに生きてください。あなたを愛しています。

  • 4/26(大切な人への遺言)

    ・雪雪さん、あなたはもっと遠くまで、私が行けなかったところまで行ってください。私の思考能力の全てが雪雪さんに宿りますように。

    ・哲くん、ありがとう。世界で一番大切な愛する恋人。
    あなたがいたから私は最後の5年間を生きてこられたの。
    あなたはとても強くて優しい人。世界で一番私を幸せにしてくれた人。
    そしてとてもかわいいひと。だいすきです。だいすきです。だいすきです。
    幸せになって。私を幸せにしてくれたみたいに、哲、自分を幸せにして。
    私がこんなじゃなかったら、きっと私と哲は結婚して、子供同士みたいな家庭を作って、私もなぜか子供を作ってそれでお父さんとお母さんになってたかもね。それもとても楽しかっただろうね。ごめんね。ごめんね。そうできなくて、ごめんね。愛してる。

    ・そしてお父さんとお母さんと華子と康太。
    自分達になにかできたんじゃないかとは思わないで。
    とくにお母さんとお父さん。私たち姉弟はみんなこんなに性格が違う。
    私の性格は私が作ったの。私の責任なの。こんな性格の私でも、とても楽しかった。
    家族を愛し、家族に愛されるという幸福の中で私は生きてこられました。
    私のために何かすべきだったんじゃないかと、自分たちに落ち度があるんじゃないかと、決して思わないでください。
    どうか、私のために、幸せになってください。お父さんとお母さんと華子と康太が幸せでいることが私の幸せなの。
    絶対に自分を責めないで、私のために、どうかお願いだから、自分を責めないで。しあわせになってください。

  • 4/26(最後の投稿)

    二階堂奥歯は、2003年4月26日、まだ朝が来る前に、自分の意志に基づき飛び降り自殺しました。
    このお知らせも私二階堂奥歯が書いています。これまでご覧くださってありがとうございました。


こうして、彼女の人生(物語)は幕を閉じます。

上記の内容から、彼女の苦悩の大半はどこにあったのか・・・おそらく「仕事」でしょう。

彼女は、休職期間の内に自殺して死んでしまいます。

きっと、休職明けの未来に絶望しか無く生きる気力を見失ったのでしょう。

二階堂奥歯は、2002/9/25に、以下の記事を残しています。

何不自由なく満ち足りたこの世界で、私はなぜだか戦場にいるような気がします。
ほんの小さな失敗でもしたら、私はここにいることを許されなくなってしまうような気がします。
挨拶はきっと複雑な合図で、それを間違えれば即座に虐殺されるような気がします。
私を囲む隣人達の中に入っていくとき、砲弾の飛び交う中を進んでいく気がします。
時限爆弾を解体するかのように息をつめて仕事をします。
世間話をしながらも銃弾が耳を掠める音が聞こえます。
私の微笑みは自然に見えますか? 口の中には恐怖の味がします。
今日も生き延びた。でももうすぐ明日が来る。明日は生きていられるのかな。

彼女の中では、日々このような状況で仕事をして生きてきたのです。その苦悩は計り知れません。

最後に・・・二階堂奥歯の日記:「八本脚の蝶」から印象的な文章をまとめてみた

  • 文脈を作ることのできる者とできない者。私はいつも、誰かが作る物語の中で翻弄されるコマでありたいだけなのだった。文脈を作る力を身に付けなくては。読まれ手でも読み手でもなく、語り手になること(2001/8/31)
  • 私は生きていることに絶望などしない。なぜなら希望を持っていないから。それは生を悪いものとして低く評価しているということではなくて、評価をしていないということである。(2002/1/14)
  • 1月後半から土日祝日全出勤して倒れたりしながら励んでいた仕事がついに終わったのでめでたく代休を取った(3/1)
  • 宗教を信じた結果のオウム事件。国家を信じた結果の、主義を信じた結果の・・・。破綻した物語を超えてさらに何を新たに信じることができるだろう。何かを信じるということは、目をつぶり鈍感になることだ。それによって生まれる単純さによって安らぎと強さを得ることが出来る。自分で立たず、大きな価値にくるみ込まれて、「意義のある人生」をおくることができる。でもそれは偽物だ。それでも私はホッとしたい、何かを信じたいと思ってしまう。身を投じてしまう(3/13)
  • 一人の人間の骨をすべて使えば、食器を一揃い作ることもできるだろうか。好きな人が死んだら、好きな人の骨で作ったボウルにプレーンヨーグルトを入れて蜂蜜をかけて、それを好きな人の骨で作ったお匙で、すくって一口一口食べることができるだろうか。とても甘くて、とてもおいしいヨーグルトを好きな人に食べさせてもらえるだろうか(6/16)
  • ああそうか。そうだったのか。人間もこういう部品で出来た物だったんだ。柔らかくて湿っていて腐りやすい部品ばかりだけれど、それでもやっぱり様々な部品を組み合わせて作られた自動人形だったんだ。部品にはいろいろな組み合わせ方があるし、組み合わせた物には生命があったりなかったりする。人間は、生きていたり生きていなかったりして、様々な形をとりうる物体なんだ(6/21)
  • それから私は、怪我や火傷や皮膚病や、その他一般に「気持ち悪い」、「怖い」と言われる有様に慣れようと心がけることにした。轢かれて死んでいる猫の死体が腐って蛆がわいているところを観察し、死体写真を探し、図書館で医学書を借りて写真を眺め、食事時中テレビのニュースで手術の様子が映し出されたときは目を背けず見た。自分が怪我をしたときは、虫眼鏡まで出してきてじっくり眺めた(7/8)
  • 私は16歳の私に語りかけたい。あなたは9年後このようになる。世界が今日終わればいいと思っていることは知ってるよ。でも終わらなかった。いつも終わらないんだ。ただあなたが大切に思っているものを、私は今でも大切に思っている。あなたが残してくれたものを私は受け取っている。大丈夫だから。安心して。あなたが奇蹟だと思っているものは、9年後も奇蹟であり続けている。それを信じてかまわないから。あなたが愛しているものを愛しなさい(8/27)
  • 魂を手渡す軽やかさを私は知っている。躰を明け渡すよろこびを私は知っている。神に近い何者かの意のままに苦痛と快楽そのものになり、何者かの意のままに満ちあふれる喜びと悲しみそのものになることを知っている。あなたのものであるこの世界を今終わらせてもかまわない。あなたのものであるこの魂をどう扱ってもかまわない。あなたのものであるこの躰をいくら壊してもかまわない(9/10)
  • その頃(16歳)私は生きているのがおそろしかった。そして決心した。私は決して子供を産まない。私が耐えかねている「生」を他の誰かに与えることなど決してしない。私は高校生で未成年で被保護者だから今はしないけれど、大人になって自分で生計を立てるようになったら、卵管圧挫結紮手術を受けよう。避妊だとか、ましてや掻爬(そうは)といった場当たり的な手段では足りない。私が生を与える可能性を完全に消し去ろう。私は、産む機能を持たない身体を得ようと思った。この恐ろしさは私で終わりにする。(11/2)
  • 聖書の著者は公式には神です。神が40人程の人間を用いて書かせたということになっています。しかし、その40人の中には見事な編集者魂を持った人がいたのです。正直私は感動しました。神の言葉でも聖霊のお告げでも編集するところは編集する。そうです、著者から受け取ったものをスルーするだけではだめなのです、たとえ相手が神でも! 名前も残ってないあなたを私は尊敬します!この人は編集者かな、編者かな、とにかく相手は神ですよ、神(2003/4/20)

以上、二階堂奥歯の文章で、個人的に印象深かったモノまとめでした。

というわけで、今回は二階堂奥歯という存在について、色々と書いてきましたが、彼女の知識量や価値基準、思考の水準には僕は到底到達できません。

それでも、

「自分の人生という物語を、誰かに見つけて読んでほしかった事」

そして、

「自分の経験や考えに共感してくれる誰かを探していた事」

この2つについては、深く同感してしまう自分がいました。

ではまた、じゃーねー。

二階堂奥歯のブログ日記:「八本脚の蝶」を読み終えた男性-1

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