僕がリア充を大っ嫌いな理由

どうも、ゆとりです。

みなさんは、「リア充」という言葉をご存知でしょうか?

「リアル(現実世界)で充実している」・・・略して、「リア充」

僕みたいな、友達も少なく、恋人もいなければ、仕事も悩みばかりで、趣味もアニメを見る事と、たまにアイドルに癒されにいく事ぐらいしかない奴への、

  • 当てつけの言葉であり、
  • 嘲笑しバカにする言葉であり、
  • 地上60階のビルの屋上から、地上を見下すような、底辺視する言葉である。

僕は、きっと一生恨むだろう、こんな言葉を一番最初に口に出した輩も、それを一気に加速させ日本中に流行させた世間もだ。

この言葉が生まれる2013年頃(?)までの日本は、まだ平和だったのに・・・

この言葉が生まれてから、日本人は強制的に分割させられたのだ・・・

「リア充」

そして・・・

「非リア充」と。

同じ人間なのに、圧倒的な「敗北感」を与えてくる奴ら

  • 街中で、手を組みながら幸せオーラ満開で、正面から歩いてくるカップル
  • 一人で入った居酒屋で一人で飲んでいる僕の隣の席で、4人で青春を語ってる大学生
  • 会社のサービス企画プレゼンで、自信満々の風貌で、流暢に説明する営業マン
  • スタバで抹茶フラペチーノを飲んでる僕の横で、「今度さー、北海道に旅行しようよー」・「いいねー、来月行こっかー」とか言って、旅行の予定を立ててる女性二人組のバカ

このような、「リア充」的な要素を持ち合わせた人々を認識するたびに、僕は、圧倒的な敗北感に苛まれる。

恋人に振られ、傘もささずに雨に打たれながら立ち尽くす女性のような心境になるのである(ちょっと違うかw)

自分が「惨め」で仕方がない・・・自分が哀れで仕方がない・・・自分が「不憫」に思えて仕方がない

だから、僕の認識できる世界から、なるべくなら彼らを追い出したいし、彼らを入れたくない。

ただ、現実世界の彼らは非常に目立つ存在である。

街を歩いていると、嫌でも「イチャイチャカップル」は目につくし、居酒屋で友人と飲んでいても、隣の部屋でドンチャン騒ぎしている大学のサークルの音が聞こえてくる。

現実世界というのは不便だ。

ネットだと、「ブロック」という素晴らしい機能によって、自分の認識できない世界へと追いやる事ができるのに・・・

ほんと・・・

現実世界は不便だ・・・

自分の生い立ちに「憎しみ」を感じさせる、あいつら

  • なんであいつらは、あんなに自信満々なんだ
  • なんであいつらは、あんなに自己主張ができるんだ
  • なんであいつらは、「初めまして」の挨拶から、すぐに仲良くなれるんだ
  • なんであいつらは、あんなに声がでかいんだ
  • なんであいつらは、あんなに積極的なんだ
  • なんであいつらは、すぐに人を信用するんだ

きっと、あいつらは素晴らしい環境で、親から、これでもかという愛情を享受しながら、幼児期・成長期を生きてきて、

青春時代も、周りが自分を受け入れてくれて、自分の主張は常に注目視され、気心の知れた友人とは、共に笑い、共にバカをし、共に泣き、共に怒り・・・

そして、恋愛とかいうモノにうつつを抜かしては、クラス中で憧れの的となっている異性の愛情も根こそぎ奪っていく

まさに「弱肉強食」だ。

戦国時代から何も変わってないではないか、平成の今の世も、「弱肉強食」の世界は、所々に蔓延っている。

あいつらは、人の性格や価値観に多大なる影響を与える「青春時代」に、そのトップとなるのだ。

結果、あいつらは、自分に自信満々で自己主張が強く、人を疑う事が無いから、誰とでもすぐに打ち解け、仲間を作っていき、

たいした挫折もしてないから、何事にも積極的になれるという、素晴らしい人間モデルが形成されるのだ。

あいつらを見ていると、僕は顔を歪めてしまう。

あいつらにではない。僕の「生い立ち」にだ。

僕という人間を作りあげた、僕の生い立ちに「憎しみ」を感じるようになる。

・保育園に迎えにくる母親。そして、そのまま施設へ預けられ、一夜を泣きながら過ごした幼児期。

あの、施設へ向かう時の車の中、あの時の心境は一生忘れないだろう。

・友達がいない青春時代。普通だったら嬉しいはずの、授業終わりの「休憩時間」、僕は常に寝ていた。

いや違う!!!!寝ていない、、、寝たふりだった。

「独りぼっち」という苦しみと、その状態を周りから嘲笑されないための、最大限の現実逃避だ。

あの時の心境を、僕は一生忘れない。

「人は、みな平等だ」と誰かは言う。

クソ、くだらない綺麗事だ!!そんなものは。

殺意すら湧いてくるし、反吐が出る。気分が悪くなりすぎて、明日には死んでいるかもしれない。

人は平等じゃないんだよ!生い立ちから、何もかも!

僕という生命体が、母親のおなかの中で形成されはじめた頃、きっと僕は泣いていた。

きっとね。

僕が、Facebookを見なくなった原因を作った奴ら

リアルでさんざん存在感を示し、限りなく満たされてきたであろう「あいつら」が、とうとう「オンライン」にまで、蔓延ってきやがった。

  • 「ディズニーなう」
  • 「バーベーキュー行ってきた」
  • 「友達とスタバなう。抹茶フラペチーノ美味しい」
  • 「卒業旅行!!ニューヨークに到着ー」

などと、クソ知りたくもない近況と、これでもかと「リア充感」を演出した画像・写真を、僕のタイムラインに載せてくるあいつら。

「ねーねー、反応してよお前らー。イイネしてよーお前らー」と言わんばかりの内容に、余計に虫唾が走る。

特に、リアルとのつながり度が異常に高い「Facebook」

ここに、僕の居場所は無く、「アカウント解約」は必須であった。

いつか、きっと・・・

僕だって、人間だ。

僕の生い立ちから培われた、このひん曲がった性格や価値観だけど、僕だって人間だ。

友達もほしければ、恋人もほしい。

僕の思い描く「リア充」は無理にしても、それでも、、、リアルを充実させたい「願い」はある。

僕だって人間だから・・・

僕がリア充を大っ嫌いな理由」への6件のフィードバック

  1. リア充に八つ当たりしてるようにしか聞こえん
    この世の中は不平等?その考えが甘いんだよ
    いい年して青春の事で文句を言うな。中学高校時代を楽しく過ごせなかったのも自分のせいだろ。
    今からでもリア充になれる。だから過去にとらわれずに1日1日を楽しく過ごした方がいいと俺は思う。

    1. ゆーってやつバカじゃねーの?普通にしててもリア充になれない人達はいるぞ?俺なんか嫌われてるからな。それを踏まえて言ってくれないか…お前だって顔面偏差値低いヤツと付き合いたくないんだろ…とっとと非リアを馬鹿にするリア充共消えろ!カス!

  2. でも格差があるのは事実でしょ?みんながみんな付き合える訳じゃないし。もっと言えば、生物学的に格差は必然的に発生する。だから非リアがリア充を妬むのは仕方がない。リア充に八つ当たりして何が悪い?そう俺は思うけどね。

  3. なら友達作るように努力すればいいじゃん。僕は非リア充だけどカップルみると仲良くていいなーうらやましいなーとかしか思いません。いなくなれとか思ったことないですよ。まあ努力したら報われるよ。頑張れp(^_^)q

  4. 別にリア充なんて2005年には既にあったよ。
    「クリスマス中止のお知らせ」とかも2002年頃からあったな、ただネット上にサンタをやっつけた画像が貼られるだけだけど。
    リアルでリア充糾弾デモやってる革命的非モテ同盟くらい知ってるだろ?あれも要求が不明瞭で何がしたいのか皆目分からんけどな。

    だけど非リアみんなの願いはこうじゃね?一切の差別が無くなって、みんな穴兄弟になれることだろ?
    差別をされたからといってリア充を逆差別する気でいたらいつまでも差別が無くならないと思うけどな。

  5. 心の中でもやもやしてたことを代わりに全部言ってもらったような気分。すごく文才あるよね。スッキリしました。どうもありがとう!

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