元少年A:酒鬼薔薇聖斗は冤罪だった?神戸連続児童殺傷事件の真相や真犯人 ~本当の犯人は・・・国家権力と革マル派の動き

神戸連続児童殺傷事件・酒鬼薔薇聖斗の冤罪説や真相や真犯人について-1

どーもー、先日、元少年A:「酒鬼薔薇 聖斗(さかきばら せいと)」が出した手記:『絶歌』を読んで、涙を流してしまった「ゆとり」でーす。

皆さんは、ご存じですか・・

「神戸連続児童殺傷事件」。。そしてその犯人であり、当時14歳(中学生)で犯行に及んだ、元少年A:「酒鬼薔薇 聖斗」という存在を。

1997年、兵庫県神戸市須磨(すま)区で発生した連続殺傷事件で、被害者は全員小学生。

この事件で、2名が死亡し、3名が重軽傷を負う被害となり、さらに、被害者の一人の頭部が「犯行声明文」とともに中学校(少年A が通っていた学校)の正門前に置かれていて・・

その犯行に及んだのが、当時わずか14歳の中学生ということで、非常にセンセーショナルな重大事件として、世間を騒がせました。

この事件で、犯人の中学生は、マスコミやメディアから「少年A」と呼ばれ、少年A が書いたとされる「犯行声明文」に、「酒鬼薔薇 聖斗」と、自ら名乗っていたことから、「酒鬼薔薇事件」とも呼ばれるようになりました。



ただ、この事件。

一部では、「裏」があるとされています。

「少年A は、冤罪だった?」

「少年A は、国の謀略にハメられて、猟奇的殺人者に仕立てあげられた・・」

「神戸連続児童殺傷事件には、他に本当の真犯人が存在する?」

実は、このような事件の「裏」の部分が、多数の証拠とともに、複数の書籍にまとめられていたり、週刊誌によって報道されていたり、

”国家権力の謀略的犯罪” として、「革マル派」という左派思想団体が動き出したりと、多数の波紋となっています。

ということで、今回の記事では、これらの疑惑情報や真偽について順にまとめてみました。

「神戸連続児童殺傷事件」の詳細 ~5人の被害者を生んだ神戸市須磨区の事件

まずは、少年A:酒鬼薔薇聖斗(当時・中学2年生)が起こしたとされる、一連の事件(第一の事件~第三の事件)の詳細について、以下にまとめていきます。

  • 【第一の事件(1997/2/10)】

    神戸市須磨区の路上で、小学生の女児2人をショックレス・ハンマーで殴りかかり、1人が重傷を負う。

  • 【第二の事件(1997/3/16)】

    第一の事件から、約1ヶ月後・・

    神戸市須磨区にある「竜が台の公園」で、近くにいた小学4年生の女児に手を洗える場所はないかとたずね、学校に案内させた後、

    「お礼を言いたいので、こっちを向いて下さい」といい、振り返った女児をハンマーで殴りつけ逃走。

    女児は病院に運ばれたが、脳挫傷で死亡。。

    さらに同日、

    別の小学3年生の女児の腹部を刃渡り13センチの小刀で刺して、2週間の怪我を負わせる。

    ナイフの刃先は胃を貫通して、背中の静脈の一歩手前で止まっていた。。(静脈まで貫通していたら、死んでいたとの事)

  • 【第三の事件 (1997/5/24(殺害日) ~ 1997/6/28(逮捕)) 】

    この「第三の事件」が、いわゆる「酒鬼薔薇事件」で最も有名な、”小学生男児バラバラ殺人”になります。

    1997/5/24・・・この日、少年A は偶然、道端で出会った小学5年生の男児(知人)に対して、「向うの山にカメがいたよ。一緒に見に行こう」とタンク山に誘い出す。

    そして、山頂の手前にある「ケーブルテレビ・アンテナ施設」の入り口付近まで連れて行き、その場で絞殺する。

    さらに殺害後、「ケーブルテレビ・アンテナ施設」に、遺体を隠す。

    一方、この日の夜から、被害者の男児が帰宅しないとして、家族や周辺住民・警察による捜索が始まる。

    殺害日から1日目(5/25)・・・少年A は、昨日、男児の遺体を隠した場所(タンク山のケーブルテレビ・アンテナ施設)に再び行って、金ノコギリで死体の解体を始めていく。

    殺害日から2日目(5/26)・・・再度、解体現場(タンク山)に行って、男児の頭部だけを持ち出し、自宅に持ち帰る。
    そして、その日の深夜、持ち帰った頭部と犯行声明文を、自身の通っていた中学校の正門に置きに行く。

    殺害日から3日目(5/27)・・・中学校の正門に置いた頭部が見つかり全国ニュースになる。この時から、犯行声明文に書かれていた「酒鬼薔薇」という名前が、全国に広がる。また、被害者の胴体部分も、タンク山から発見される。

    その後・・

    頭部が見つかってから、1週間ほどが経った「1997/6/4」・・・神戸新聞社宛てに、第二の犯行声明文が届く。

    そして、頭部が見つかってから、約1ヶ月後の「1997/6/28」・・・少年A 、殺人・及び死体遺棄の容疑で逮捕に至る。

以上が、「神戸連続児童殺傷事件」の、第一 ~ 第三の事件の一連の流れになります。

(この事件に至る前から、少年A には前兆があって、事件の3年も前から、ナメクジやカエルの解体。そして、猫殺し。といった非人道的な行為を繰り返していたそうです。コレについては、以下の記事にてまとめていますので、ぜひ。)

→ 少年A:酒鬼薔薇聖斗の神戸連続児童殺傷事件とは?事件の詳細と、その後のサカキバラ。そして被害者の今をまとめてみた。

では、事件の詳細をある程度把握したところで、いよいよ ”本題” です。

元少年A:酒鬼薔薇聖斗は冤罪だった?「神戸連続児童殺傷事件」の真相や本当の真犯人について・・・国家権力の闇

最初に述べたとおり、この「神戸連続児童殺傷事件」には、いくつかの ”疑惑”、そして ”裏” が存在していると、一部の人達は訴えています。

これら、疑惑となっている情報は、複数の書籍でまとめられていたり、週刊誌によって報道されていたりもします。

そして・・

”少年A を強引に犯人に仕立て上げて、事件に関する議論を「少年法の改正」へと持っていった国家権力の謀略的犯罪”

このように問題提起した「革マル派(左派思想団体)」は、国家権力の不正を暴くために、数々の強行事件を起こすまでに至ります。

では、この事件の少年A 逮捕において、どのような点が疑惑として浮上していたのか・・以下に、まとめてみました。

  1. 【通り魔事件の時の犯行について】

    当初、警察の調べでは、左利きの人物が水平に殴ったとされているが、少年A は右利きなうえ、上から振り下ろしたと供述してる。

  2. 【中学校の正門前に、被害者の頭部が置かれた時刻】

    警察の取り調べで、少年A の供述によれば、5/27 の01:00 ~ 03:00 の間に首を置きに行った。とされている。

    だが一方で、周辺住民の目撃証言では、上記の供述に反する証言が多数出てきた。

    ・午前5時 ~ 5時15分の間に、頭部は無かった。という証言。

    ・午前5時30 ~ 6時40分の間に、頭部の位置が何度も変わっていた。という多数の目撃証言。

    これらの目撃証言から、当初の警察の見方は「犯人は午前5時30 ~ 午前6時40分の間に頭部を正門に置いた。」としていた。

    だが結局、後に少年A の供述によって、警察はこれらの目撃証言を全て無視することになる。

  3. 【解体作業に使ったとされる凶器について】

    少年A は、被害者の頭部と胴体を切り離す際、金ノコギリを使ったと供述している。

    だが、専門家は、以下のように指摘している。

    頸部は骨だけでなく、頸動脈などの血管やいろいろな神経や筋肉や靱帯などの組織が入りまじっている。

    この頸部を金ノコギリで切ろうとしても、神経や靱帯などがノコギリの刃にひっかかって、とても切れるものではない。

    また、仮に切れたとしても、その切り口は「ズタズタ・ボロボロ」になる。

    このような専門家の指摘があるなか、見つかった凶器には、そのようなキズは付いて無かった。

    また、被害者の頸部には、金ノコギリではなく、「電動ノコギリ」で出来たような傷跡が確認されている。

  4. 【死体(胴体)の放置場所】

    少年A は、男児の遺体を「タンク山のケーブルテレビ・アンテナ施設」に隠したと供述している。

    だが、この供述は、以下二つの点でおかしい事が指摘されている。

    1 : 殺害した5/24 から、遺体が見つかった5/27 まで、約3日間ほど遺体は隠されていたわけだが、

    発見された遺体の死斑は淡紅色だったと言われている。(要は、腐敗の進行が非常に遅い)
    その場合、死後、冷凍保存でもされていないと、まずありえない。

    これらの事から、死体の隠し場所が、タンク山のアンテナ施設であったことは、非常におかしい。。

    2 : 5/27 に遺体は発見されているが、5/25・26 にも、総勢400名以上の地元住民や警察官達で、公開捜査をおこなっている。

    そして、タンク山というのは、地元の中では、人が行方不明になった場合、真っ先に疑うような場所である。
    実際、公開捜査の2日間でも警察・地元住人はタンク山を疑い、捜索していた。

    なのに、遺体は見つからなかった。

    警察犬まで連れていたのに、死臭にすら気づかなかったというのは、非常に考えづらい。

    しかも、遺体が発見された時の新聞記事では、以下のように記載されている。

    ”アンテナ基地内から足がハミ出し、犯人の慌てぶりを思わせる状態で発見された。”

    このような状態で、400人規模の公開捜査で見つからなかったわけがない。。

    以上、、

    これら2点の事から、死後の遺体は、どこか別の場所で保管され、27日にアンテナ基地内に持ってきた。。という説がたっている。

  5. 【犯行声明文の筆跡鑑定は、一致していなかった・・】

    少年A は、二度犯行声明文を残している。

    【1度目:被害者の頭部と共に、中学校の正門前に置いてあった犯行声明文。】

    さぁ、ゲームの始まりです

    愚鈍な警察諸君
    ボクを止めてみたまえ

    ボクは殺しが愉快でたまらない
    人の死が、見たくて見たくてしょうがない

    汚い野菜共には、死の制裁を
    積年の大怨に、流血の裁きを

    SHOOLL KILL
    学校殺死の酒鬼薔薇

    【2度目:酒鬼薔薇事件発覚から、約1週間後の、神戸新聞社に送られた声明文。】

    【一部抜粋】

    ボクがわざわざ世間の注目を集めたのは、今までも、そしてこれからも透明な存在であり続けるボクを、せめてあなた達の空想の中でだけでも、実在の人間として認めて頂きたいのである。

    それと同時に、透明な存在であるボクを造り出した義務教育と、義務教育を生み出した社会への復讐も忘れてはいない。

    今となっても、何故ボクが殺しが好きなのかは分からない。

    持って生まれた自然の性(さが)としか言いようがないのである。

    殺しをしている時だけは日頃の憎悪から解放され、安らぎを得る事ができる。人の痛みのみが、ボクの痛みを和らげる事ができるのである。

    ボクはこのゲームに命をかけている。
    捕まればおそらく吊るされるであろう。

    だから警察も命をかけろとまでは言わないが、もっと怒りと執念を持ってぼくを追跡したまえ。

    今後一度でもボクの名を読み違えたり、また、しらけさせるような事があれば一週間に三つの野菜を壊します。ボクが子供しか殺せない幼稚な犯罪者と思ったら大間違いである。

    全文 : ウィキペディア「神戸連続児童殺傷事件」:神戸新聞社宛ての手紙

    これら、2通の犯行声明文が筆跡鑑定に使われ、少年A が過去に書いたとされる作文と比較されたという。

    しかし、筆跡鑑定の結果では、「同一人物の筆跡か否か判断することは困難である」という鑑定結果がでていた。

    そのため、少年A の逮捕状を請求する事ができず、やむなく、任意同行という形で少年A を連行したのである。

    その後、警察署内で、すぐに少年は自白することになるが、そのやり方が後に大きな問題として取り沙汰される。

    それは、少年に対して、犯人と同じ筆跡鑑定が出たとして、少年を騙して自白させたのだ。

    これは、後に「偽計自白」だとして、逮捕・勾留した警察官・検察官を「特別公務員職権濫用罪」で裁判沙汰にまで発展している。(結局、不起訴処分に終わっているが。。)

    実際、この自白以外の「物的証拠」は何も無かったと、当時、酒鬼薔薇事件の裁判をおこなった家庭裁判官も認めていた。

    また、上記の犯行声明文を見れば分かるように、とてもじゃないけど「14歳の少年」が作り上げたモノとは思えないほどの高度な文章(大学生でも書くのは困難)であった事も、多くの評論家や世間にて疑惑を高めました。

    (少年A の国語の成績は、当時、2/5段階だったそうです。。)

以上、「神戸連続児童殺傷事件」の裏にある疑惑情報でした。

参考元:

NAVERまとめ:神戸の「酒鬼薔薇聖斗」事件の少年A が冤罪である根拠まとめ

神戸連続児童殺傷事件の酒鬼薔薇聖斗は本当に少年Aなのか?

このような疑惑情報や、少年A の冤罪説は、書籍化も何冊かおこなわれている。

また、これらの疑惑について、事件の真相を暴くために、「革マル派」は、少年A が逮捕されて以降、「神戸事件の真相を究明する会」と称する団体を立ち上げます。

そして、少年A は真犯人ではないとして、事件に関する数々の疑惑を追及・調査していきました。

その調査レポートが、以下に詳細にまとめられています。

→ 権力の恐るべき犯罪 神戸小学生惨殺事件の真相

また、この団体が疑惑を追及していく過程でおこなった、強行突破・実力行使的な犯罪行為は、大きな問題として取沙汰されました。

  • 「神戸大学医学部侵入事件」・・・神戸連続児童殺傷事件の被害者の司法解剖がおこなわれ、解剖結果報告書などの資料が保管されていた「神戸大学医学部」に侵入した事件
  • 「神戸事件犯人両親宅侵入事件」・・・少年A の両親を自陣営に引き込むために両親の居所を調査し、事件後両親が転居した先に盗聴器をしかけた
  • 「関東医療少年院侵入事件」・・・少年A が収容された関東医療少年院。少年A の両親も時々面会に訪れていた。
    革マル派は、少年院内での両親との接触が可能かを確かめるため、関東医療少年院に侵入した。

等々

参考元 : ウィキペディア:神戸事件をめぐる革マル派事件

以上です。

最後に・・・酒鬼薔薇事件から18年。元少年A が書いた「絶歌」の内容や感想について ~本を読んで号泣してしまった話

1997年:神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇事件)


あれから、18年(2015年)

少年犯罪史上、最も残虐で凄惨な事件を起こした少年A が、あれから18年もの歳月を経た今、再び世間を騒がせるかのごとく、自身の半生を綴った「手記」を世に出しました。

【絶歌】
神戸連続児童殺傷事件の犯人:少年A「酒鬼薔薇聖斗」の手記:「絶歌」-1

当然、マスコミは注目し、TV・新聞・週刊誌・ネットと、多くのメディアで報道され、瞬く間に世間に広がっていき、

結果、増刷に次ぐ増刷で、次々に「本」は売れていき、大ベストセラーへ。

当然ぼく自身も、メディア報道で知ったのをきっかけに、すぐに書店に購入しにいきました

そして、「絶歌」を読み終えた時、僕は少年A の冤罪説について・・・キッパリと否定させられました。

「彼は、”罪” を犯したんだな。。」

そして、本書を読んでいる中で、思わず泣いてしまったり、僕なりに考えさせられるシーンが数多くありました。

  • 少年A:酒鬼薔薇聖斗は、根っからの精神異常者・快楽殺人者だったのか・・・それとも、家庭環境や学校生活など外的要因が彼を悪魔に変えたのか・・
  • 思わず号泣してしまった、少年A とその家族の物語
  • 現在でも、彼の中に ”酒鬼薔薇 聖斗” という悪魔は住んでいるのか・・
  • 元少年A の再犯の可能性について

ということで、これら僕が「絶歌」を読んで思った事を、以下の記事にてまとめてみたので、ぜひ興味のある方は見てみてください。

→ 元少年A「酒鬼薔薇聖斗」の本「絶歌」やホームページ(ブログや絵)の内容や感想 ~神戸事件の真相や結婚疑惑(ネタバレ注意)

また、この「絶歌」出版がキッカケとなって、現在の少年A がどのような暮らし・生活をしているのか・・・マスコミは徹底的に追いかけます。

それによって、複数の週刊誌が、元少年A の本名や顔写真・現在の居場所について記事に掲載。

さらに、週刊誌に掲載された画像から、さらに詳細な住所やマンション名などが特定され、ネット上で大きな反響を呼ぶまでに。

これらについては、以下の記事にてまとめているので、ぜひ。

→ 神戸連続児童殺傷事件の犯人:元少年A「酒鬼薔薇聖斗」の本名(東慎一郎?西岡真?)や顔写真、現在の居場所や両親(父・母親)

以上、、

ではまた、じゃーねー。

元少年A:酒鬼薔薇聖斗の冤罪説を否定した男性

元少年A:酒鬼薔薇聖斗は冤罪だった?神戸連続児童殺傷事件の真相や真犯人 ~本当の犯人は・・・国家権力と革マル派の動き」への2件のフィードバック

  1. 事実誤認も甚だしい。嘘を嘘と見抜けないようではインターネット使うのは厳しい。

    裁判、傍聴しましたか?
    警察の捜査資料見ましたか?
    なんで革マルが警察に協力?

    話がおかしい。やり直し。

  2. 例えば、有力議員がとても世話になった人の子供が少年に殺害(レイプとか)されたけども、少年法によってほぼお咎めなし。そんな状況がいくつかあって、少年法をなんとかしたいと願う議員が働きかけたという仮説も不可能ではない。

    そもそもメディアの情報って基本印象操作されているし、911テロも然り、怪しいもんだよ。尾崎豊の死も草加絡みだっていうし(莫大な遺産を草加会員の嫁が独り占め?)おかしなことはおおい。

    でも近年は変人が増えたから少年法改正などしなくても金を払えば簡単に人を殺してくれる連中はいるから、果たして意味があるのかどうかだね。

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