元少年A「酒鬼薔薇聖斗」の本「絶歌」やホームページ(ブログや絵)の内容や感想 ~神戸事件の真相や結婚疑惑(ネタバレ注意)

元少年A「酒鬼薔薇聖斗」の本「絶歌」の内容や感想-1

どーもー、先日、元少年A:「酒鬼薔薇 聖斗(さかきばら せいと)」が出した手記:『絶歌』を読んで、涙を流してしまった「ゆとり」でーす。

皆さんは、ご存じですか・・

「神戸連続児童殺傷事件」の犯人であり、当時14歳(中学生)で犯行に及んだ、元少年A:「酒鬼薔薇 聖斗」という存在を。

1997年、兵庫県神戸市須磨(すま)区で発生した連続殺傷事件で、被害者は全員小学生。

この事件で、2名が死亡し、3名が重軽傷を負う被害となり、さらに、被害者の一人の頭部が「犯行声明文」とともに中学校(少年A が通っていた学校)の正門前に置かれていて・・

その犯行に及んだのが、当時わずか14歳の中学生ということで、非常にセンセーショナルな重大事件として、世間を騒がせました。

この事件で、犯人の中学生は、マスコミやメディアから「少年A」と呼ばれ、少年A が書いたとされる「犯行声明文」に、「酒鬼薔薇 聖斗」と、自ら名乗っていたことから、「酒鬼薔薇事件」とも呼ばれるようになりました。

※事件の詳細については、以下の記事にまとめています。

→ 少年A:酒鬼薔薇聖斗の神戸連続児童殺傷事件とは?事件の詳細と、その後のサカキバラ。そして被害者の今をまとめてみた。



あれから、18年(2015年)

少年犯罪史上、最も残虐で凄惨な事件を起こした少年A が、あれから18年もの歳月を経た今、再び世間を騒がせるかのごとく、自身の半生を綴った「手記」を世に出した。

【絶歌】
神戸連続児童殺傷事件の犯人:少年A「酒鬼薔薇聖斗」の手記:「絶歌」-1

当然、マスコミは注目し、TV・新聞・週刊誌・ネットと、多くのメディアで報道され、瞬く間に世間に広がっていき、

結果、増刷に次ぐ増刷で、次々に「本」は売れていき、大ベストセラーに。

僕自身も、メディア報道をきっかけに、彼が手記を出したことを知り、すぐに書店に購入しにいきました。

そして、「絶歌」を読み終えた今、思わず泣いてしまうようなシーンがあったり、僕なりに考えさせられる事が数多くありました。

  • 少年A:酒鬼薔薇聖斗は、根っからの精神異常者・快楽殺人者だったのか・・・それとも、家庭環境や学校生活など外的要因が彼を悪魔に変えたのか・・
  • 思わず号泣してしまった、少年A とその家族の物語
  • 現在でも、彼の中に ”酒鬼薔薇 聖斗” という悪魔は住んでいるのか・・
  • 元少年A の再犯の可能性について

ということで今回、これらについて当記事にまとめていきました。

【ネタバレ注意】元少年A「酒鬼薔薇聖斗」の本「絶歌」の印税や内容・感想のまとめ ~彼の本を読んで号泣してしまった話

1997年6月28日、僕は、僕ではなくなった・・・

「少年A」・・・それが、僕の代名詞となった。僕はもはや血の通った一人の人間ではなく、無機質な記号になった。

それは多くの人にとって、「少年犯罪」を表す記号であり、自分たちとは別世界に棲む、人間的な感情のカケラもない、不気味で、おどろおどろしい「モンスター」を表す記号だった。

このような始まりで、「絶歌」の内容はスタートする。

最初に述べた通り、この本は、少年犯罪史上、最も残虐で凄惨な事件を起こした犯人である「少年A」自身の初の手記として、大きく報道され、世間にセンセーショナルを巻き起こした。

結果、本は続々と売れていき「25万部」もの大ベストセラーになる。

※印税について・・

仮に、1冊1000円として、25万部の売上げということで、

1000 × 250000 = 2億5千万円

この内、10%が印税として入ると仮定したら、2500万もの額が、元少年A(酒鬼薔薇聖斗)の手に渡ったと考えられる。

本書(絶歌)の構成は、大きく2部構成となっていて、

1部では、少年A の幼少期の頃の話から、家庭環境(親子関係)、小学校・中学校での出来事。そして、事件に至るまでの兆候(動物虐待や解剖等)から、事件の詳細。

さらに、逮捕 → 取り調べを受け、家庭裁判所において「医療少年院」への送致が決定されるまでが、第一部の内容です。

続いて、

第二部では、医療少年院の中での出来事から、仮退院 → 本退院(社会復帰)、そして、その後の社会人生から、手記:「絶歌」を執筆するまでの話となっています。

これら、2部構成の内容となっており、事件当時の話では、目を背けたくなるような残虐で非人道的なシーンがあるかと思えば、

事件後の、少年A と家族(両親や兄弟)とのやりとりで、思わず泣いてしまうような、人の温かみや深い愛情が描かれているシーンがあり、僕自身、号泣してしまった所がいくつかあった。

ということで、僕なりの視点で、本書:「絶歌」についての考察や感想について、思うところをまとめてみた。

  • 【元少年A(酒鬼薔薇聖斗)の「文章力」が凄まじい。】

    僕が、この本を読んでみて、まず驚いたのが、彼の文学的センスの高さです。

    この本を手にとって読んだ人なら分かると思いますが、まるでプロの小説家の文学作品を読んでいるかのような気持ちになったほどです。

    彼は、医療少年院時代(18歳の頃)、講師として招かれた童話作家(森忠明氏)に将来の希望を尋ねられ、「小説家になりたい」と答えたそうです。

    本書でも、医療少年院時代や、社会復帰して一時期、毎日のように図書館に行き、開館~閉館まで読書漬けの毎日だったと書かれていて、

    三島由紀夫や村上春樹を愛読していたといいます(好きな作品は、「金閣寺」、「トニー滝谷」だったという)

    そのためか、彼の見てきた光景であったり、聞いてきた音、全身で感じてきた世界を表現する文章は、非常に鮮明で、妄想を掻き立てられ、すぐに数々の本を読んできただろう事が伺えた。

    さらに本書では、哲学的な内容も多く、多数の哲学者や思想家の言葉が引用されていた。

    ただ、その並外れた文章力・表現力によって、酒鬼薔薇聖斗という存在が、いかに異端で偏った思想の持ち主であるかも、またハッキリと読み取ることができた。

  • 【元少年A:酒鬼薔薇聖斗は、根っからの精神異常者・快楽殺人者だったのか・・・それとも、外的要因(家庭環境等)が彼を悪魔に変えたのか・・】

    僕が、彼の手記「絶歌」を読むうえで、最も興味のあった事が、”コレ”だった。

    基本的に僕は、「性善説」支持者なので、どんなに凶悪で残虐な事件を起こした犯人でも、そこには、幼少期からの何かしらの外的要因があって、それが積み重なっていったことで、一般的な倫理観とは掛け離れた、思想や価値観・精神状態が形成されていき、そのような残虐的な事件を起こすものだ。。と考えている。

    だから、元少年A:酒鬼薔薇聖斗についても、そのように予想したうえで、読み進めていった。(というか、そう信じたかった)

    絶歌の第一部では、幼少期の環境から、事件に至る経緯・前兆まで、事細かに書かれている。

    幼少期の母親の教育について、本書では、以下のように書かれていた。

    少年A が幼稚園に通う頃、母親は、少年が幼稚園にて恥をかくことのないよう、団体生活で必要な生活習慣や能力をきっちり身に付けさせようと、排尿・排便・食事・着替え・玩具の後片付け等を早め早めに厳しく仕付けた。

    なお、両親の教育方針は、「人に迷惑を掛けず、人から後ろ指を指されないこと。」・「人に優しく、特に小さい子には譲り、苛めないこと」などであった。

    少年は、よく母親に怒られて、泣きながら祖母の部屋に逃げ込んでいたようだが、この教育・しつけについては、一般的常識を逸脱するようなモノではなかった。

    実際、少年A は、母親の事について、以下のように言及している。

    母親の笑顔が大好きで、母親のことを憎んだことなんて一度もなかった。

    当時、週刊誌や新聞に母親のことを悪く書かれていたのが許せなかった。

    今(執筆時)でも、母親のことは大好きで、一日も忘れたことはない。

    また、小学校での学生生活はどーだったのか・・

    小学校低学年 : あまり目立つ事は無かったが、友達も多く好かれていて、ごく普通の生徒だった。

    小学校中学年 : 授業中は積極的に発表を行い、休み時間は元気良く友達と遊んでいるような子だった。

    上記の事から、特に幼少期に親から虐待を受けていただとか、学校で酷いイジメを受けていただとか・・・そーいった事は全くないようだ。

    だが、小学5年生の時・・

    彼が変わりだしたのは、この時期からだという。

    キッカケは、「祖母の死」

    小学校5年生の春(4月中旬):肺炎で入院していた祖母が死んでしまう。

    少年A は、祖母を最愛の人だと語っていて、この世で唯一、ありのままの自分を受け入れてくれる存在で、祖母と一緒にいる時間が・空間が、最も安心できる居場所だったと言います。

    そんな祖母を亡くしてしまい、悲しみのあまり現実を受け止めきれなかった彼は、「死とは何か?」という問いに取り憑かれていく。
    祖母が居なくなったあとも、祖母の部屋に行き、一人位牌の前で、祖母の遺影を見つめ続けていたという。

    そんなある時、祖母の遺影の前で、祖母が昔使っていたマッサージ機(電マ)をおもむろに取り出して、何の気なしに自分の ”アソコ” に当ててみたという、その時の、今まで経験したことの無いような異常な感覚から、精通を経験をする。

    当時は、性的な知識など何も無かった。だが、直感的にとんでもなく穢(けが)らわしい行為であるということを感じた。

    この時、彼は、「性」と「死」ががっちりと繋がった瞬間であったと振り返っている。

    その強烈な快楽を覚えてからは、家族の眼を盗んでは、祖母の前で、精通の行為を繰り返した。

    さらに、この頃から空き瓶に「ナメクジ」を集め始める。

    酒鬼薔薇聖斗は、不完全で貧弱で醜悪で万人から忌み嫌われるナメクジが、自分の「心象生物」だったと書いている。

    ナメクジをよく見てみると、内臓が、薄い粘膜の中に透けて見え、その動きをずっと観察していた。

    そして、この愛らしい生物のことをもっと知ってみたい。と思うようになり、かまぼこ板の手術台にのせて、頭部と尻尾の先端にマチ針を刺して固定する。

    すると痛いのか、狂ったように、触覚を出し入れする。さらにカミソリを胴体の真ん中あたりに入れ、切り開いていく。

    この時彼は、命に触れる喜びを感じたと語り。それからは、祖母の部屋での背徳の快楽行為と、ナメクジを解剖する日が続いていく。

    これが、酒鬼薔薇事件に至る、最も初期の前兆であった。

    ここから、さらに彼の異常な行動はエスカレートしていく。

    解剖の対象は、ナメクジからカエルへとなっていき、やがて「猫」へと移っていく。

    「猫殺し」

    酒鬼薔薇事件がセンセーショナルに社会に衝撃を与えた、一つの要素である。

    「絶歌」にて、彼は以下のように書いている。

    猫を残虐なやり方で殺害している際中、僕は勃起していた。

    生死をコントロールし、命に触れるたびに興奮が高まっていく。死を間近に感じてないと、性的に興奮できない身体になっていた。

    その後も、「猫殺し」の快楽に取り憑かれ、次から次に近所の野良猫を様々な方法で殺害していき、二匹目からは、殺した後に、手足や頭部をバラバラに解体していった。

    そして、この後、中学に上がる頃には、次第に、自分と同じ ”人間” を壊してみたいと思うようになる。

    その時にどんな感触がするのか、この手で確かめてみたい。その思いにどんどん囚われていく。

    さらに、この頃には、世界的に有名な連続猟奇殺人者について調べたり、猟奇犯罪心理学や殺人術の本を読むようになる。

    酒鬼薔薇聖斗が、「スター」として崇めていた世界の猟奇的殺人者(以下)

    ・ジェフリー・ダーマー
    ・テッド・バンディ
    ・アンドレイ・チカティロ
    ・エドモンド・エミル・ケンパー
    ・ジョン・ウェイン・ゲイシー

    また、「ロバート・K・レスラー」や「コリン・ウィルソン」が著者となっている、犯罪心理学の本も好んで読んでいた模様。

    これらのことから、少年A は、「人の壊し方(殺す方法)」について、何パターンも頭に入れた。

    また、この頃から朝、洗面台にて鏡に映っている自分の顔を見ると、プレデター(映画)に出てくるような醜い化け物の姿に変貌する様子が映し出されるようになったと言う。

    このような現象を、精神医学的には、「デスモロフォビア」といい、自身の攻撃性や無意識下で感じていた自己嫌悪や罪悪感がビジュアル化して出てくる症状らしい。

    そのせいで、鏡で自分の顔を見ることを避けるようになる。

    そして・・・

    1997年、少年A が中学2年生の頃、「酒鬼薔薇事件」は起こってしまいます。。

    当時小学5年生だった男児の頭部だけが、少年A が通っていた学校の正門で見つかった事件。

    その口元には、少年A が書いたとされる「犯行声明文」が。

    さぁ、ゲームの始まりです

    愚鈍な警察諸君
    ボクを止めてみたまえ

    ボクは殺しが愉快でたまらない
    人の死が、見たくて見たくてしょうがない

    汚い野菜共には、死の制裁を
    積年の大怨に、流血の裁きを

    SHOOLL KILL
    学校殺死の酒鬼薔薇

    当時、この事件は即日、マスコミやマスメディアを通じて、瞬く間に全国に知れ渡っていき、社会に衝撃を与えました。



    とまぁ、ザッと酒鬼薔薇聖斗の幼少時代から、事件へと至った様々な出来事をまとめてきました。

    最初の話に戻しましょう。

    元少年A:酒鬼薔薇聖斗は、根っからの精神異常者・快楽殺人者だったのか・・・それとも、外的要因(家庭環境等)が彼をそうさせたのか・・

    当初の僕の予想は大きく裏切られ、僕は「絶歌」を読んでいくうちに、彼が根っからの精神異常者・快楽殺人者であるとする思いが強固になっていきました。

    上述している通り、幼少の頃の彼が家庭内において酷い虐待を受けていたり、学校内でイジメを受けていたとする事実はありません。

    仮に、キッカケが「祖母の死」だったとしても、そこからなぜ「ナメクジの解体」にノメリ込んでいったのか・・・

    どーして、解体していく過程で観察できる、臓器や内蔵の動き。。そしてそれらが機能停止していく模様に興奮を覚えてしまうのか・・

    生物の命に触れたときに「快楽」を感じるといった彼の精神状況。。。

    猫という愛らしい生き物に対して、目を覆いたくなるような残酷な殺しの最中に、性的興奮を抑えきれない衝動。。

    そして、その衝動が、ついには「人間」に向かっていってしまい、抑えることが出来なかった事。

    外的環境から、これらに起因する内容を導き出すのは、僕には不可能でした。

    精神的に破綻してしまっている、根っからの快楽殺人者としか、言いようがありません。

    彼自身も、絶歌にて、以下のように振り返っています。

    「人を殺しても、なにも感じない自分が怖くてたまらなかった。」

    「美しいもの全てが憎かった。目に映る全ての美しいものをバラバラに壊してやりたかった。この世にある美しいものは、ことごとく、この醜く汚らわしい自分への当て付けのように感じた。」

    「精神病か否か・・・という次元の話ではない。人間の根っこが病気だった。」

    そして、彼は家庭裁判社の審判前に、1ヶ月以上に渡った精神鑑定も受けています。

    そして、以下がその結果です。

    ・脳のX線検査、脳波検査、CT や MRI による脳の断層検査、染色体の検査、ホルモン検査に異常は無い。

    ・非行時・鑑定時とも精神疾患ではなく、意識は清明であり、年齢相応の知的能力がある。

    非行時・鑑定時とも離人(りじん)症状と解離傾性(かいりけいせい:意識と行動が一致しない状態)があるが、犯行時も鑑定時も解離性同一性障害ではなく、解離された人格による犯行ではない。

    未分化(みぶんか)な性衝動と攻撃性の結合により、持続的で強固なサディズムがこの事件の重要な原因である。

    ・直観像素質(瞬間的に見た映像をいつまでも明瞭に記憶できる)者であり、その素質はこの事件の原因の一つである。

    ・自己の価値を肯定する感情が低く、他者に対する共感能力が乏しく、その合理化・知性化としての虚無観や独善的な考え方がこの事件の原因の一つである。

    ・この事件は長期的に継続された多様で漸増的(ぜんぞうてき)に重症化する非行の最終的到達点である。

    解離性同一性障害とは、要は、多重人格の事で重度の精神障害になります。また、上記の鑑定結果から、発達障害の症状も出ていて、

    さらに、「反社会性パーソナリティ障害」に相当する行為障害もあるとされています。

    (「反社会性パーソナリティ障害」とは、残虐で凶悪な犯罪を犯す人に多い精神障害です。)

    このように、脳自体の異常や欠陥は無いとされたが、多数の精神障害を持っていたことが、鑑定によっても明らかになっています。

    当然、外的要因・・・家庭環境・学校生活・祖母の死。。等が、全く今回の事件の要因として、1つも当てはまらないかといえば、そうではありません。

    ただ、精神鑑定の結果であったり、「絶歌」を読んだ限りの僕の見解では、割合的に影響は少ない。と言わざるおえないとおもいます。

  • 【「絶歌」を読んで、最も記憶に残ったシーン】

    僕が今回、「絶歌」を読んで最も記憶に残ったシーン。

    それは、酒鬼薔薇聖斗自身も、「魔の 62 ~ 63ページ」と言っている、残虐非道なシーンです。

    それは、まだ彼が小学校6年生の頃、まだ事件を起こす前ではあるが、確実にその前兆が起きていた頃です。

    ”猫殺し”

    その、最初の一匹目を殺害していく模様が、生々しく鮮明に、読者にトラウマを与えるかのようにリアルに、その時の殺害状況が描かれています。

    僕は、このシーンを読んでいる時に、すぐに気づきます。

    心臓の鼓動がものすごい勢いでドクドクと唸(うな)っていくことに。。あまりの残虐的で非人道的な彼のおこないに、それを想像すればするほど気分が悪くなっていき、気持ち悪さや不快感が最高潮に達した頃、一度文章から目を背けて、休憩をいれたぐらいです。

    心のどこかで、少年A を理解したい。きっと共感できる背景が彼にもあるはずだと、そんな希望を抱きながら本書を読んでいた僕の思いは、木っ端微塵に彼の ”闇” に葬り去られました。

    「魔の 62 ~ 63ページ」には、以下のような描写が描かれています。

    昔から祖母や自分(少年A) が可愛がってきた愛犬。その愛犬が病によって死んでしまう。昔から心底可愛がっていた犬だ。

    それから数日した ある日、サスケ(愛犬)の小屋に視線を向けると、近所の野良猫がサスケのお皿に入っていた餌の山に顔を突っ込んで貪っていた。

    ”殺そう”

    何の前触れも無く、そう閃いた。

    酒鬼薔薇聖斗 は、この時の感情を、子供らしい純真な怒りなんかではなく、いても立ってもいられないような性的衝動だったという。これが、猫殺しの始まりだった。

    家の庭にあったコンクリートブロックを頭の上に持ち上げ、猫の背中をめがけて思いきり投げつける。

    だが、それは猫の背中の左側を掠(かす)めるように当たった。猫は猛スピードで逃げたが、そのまま庭の隅の溝に落ちてしまう。

    猫は、溝の中をのたうち回るように、ヨロヨロと歩き、その場にへたり込んでしまう。

    猫の左側の脇腹からは、おびただしい量の出血をしていた。

    ゆっくり近づいていくと、猫は背中の毛を逆立て、ものすごい剣幕で僕を威嚇する。

    その後、僕は一旦家に戻り、カッターナイフを取り出して、再度猫の方へ戻る。

    この時、猫はすでにグッタリして弱っていた。

    猫の前にゆっくりとしゃがみこみ、カッターの刃を目一杯に突き出し、次の瞬間、僕は猫の両目を力いっぱいに切り裂いた。
    あたり一面に、猫の、かすれた悲鳴が響きわたる。

    この後も、猫の首を手で掴み締め上げたまま、もう片方の手でカッターナイフを猫の口に突き刺すといった残酷な行為をおこなう。

    猫は苦しそうに、手足をバタバタと揺らしていたが、間もなく動きが停止した。猫は死んだ。

    この殺害している際中、彼は性的興奮をおさえきれず勃起し、その後果ててしまった。と後に振り返っている。

    また、その後も、猫殺しの快楽に取り憑かれ、次から次に近所の野良猫を様々な方法で殺害していき、二匹目からは、殺した後に、手足や頭部をバラバラにするといった、解体行為もしていたという。

  • 【「絶歌」を読んで、思わず号泣してしまったシーン】

    次に、絶歌を読んでる最中、思わず感動して泣いてしまったシーンが、いくつかあったので、その紹介もしたいと思います。

    それは、事件後、彼が家庭裁判所で鑑別所に居る時の話。

    事件後初めて、母親と父親が面会に来たときの話です。

    少年A が面会部屋に入り、母親は開口一番、こーいったと言います。

    「ちょっと痩せたんとちゃう? ちゃんと食べとるの? 中(鑑別所)では、元気にやってんのかね・・」

    母親は、泣くのを必死に堪(こら)えながら、少年A の身体を気遣う言葉を投げかけたという。

    あれだけの残虐で凄惨な事件を起こした息子に初めて会った時の言葉。

    当時、世間ではマスコミやメディアの報道によって、「母親の教育の問題」・「愛情が足りなかった」・「母親に責任がある」といった風潮が数多くあり、かなりのバッシングを受けていた。

    両親や兄弟、家族のみんなが、そんな風にして世間から注目され、極限状態に追い詰められていた。

    そんな状況で、当の本人に掛けた言葉が上記であり、さらに父親も続ける。

    「お前が、どんな罪を犯そうと、どんな酷い事をやったとしても、お前は自分たちの息子だ!」

    息子の犯した全ての罪を受け止め、それでもありのままの息子を愛そうとした母親と父親。

    それに対して、少年A は、ものすごい剣幕で、大声で怒鳴り返したという。

    「なんで来たんや!帰れ!」

    当然、”本心” なんかじゃ無かった。

    その瞬間、彼は母親を見ながら大粒の涙が流してしまう。そこに、そっと母親がハンカチを差し出すが、それを乱暴に払いのけて、面会部屋を出て行ってしまう。

    僕は、このシーンを見ておもわず号泣してしまった。

    決して許されない罪を犯してしまった、まだ幼い中学2年生の息子に対して、そのありのままの彼を受け入れようとした家族の純粋な愛情が描かれていた描写に。

    自分たちも、息子の罪が原因で、世間からものすごい量のバッシングを受け、極限状態にまで追い込まれているはずなのに。。。そんな背景を想像してしまうと、余計に涙が出てきた。

    少年A は、本書にて、母親の存在について以下のように語っている。

    母親の笑顔が大好きで、母親のことを憎んだことなんて一度もなかった。

    だから、週刊誌や新聞に母親のことを悪く書かれていたのが許せなかった。

    今(書籍を書いてる時)でも母親のことは大好きで、一日も忘れたことはない。



    もう一つ、紹介したいシーンがある。

    それは、酒鬼薔薇聖斗が事件を起こしてから3年目の夏。少年院にいる時の話。

    彼のもとに、面会に来たのは、次男と三男だった(少年A は長男)

    事件後はじめての再会である。

    少年A は、一目見た瞬間から、二人に対して以下のように感じたという。

    「事件から3年もの間、自分の知らないところで、彼ら(弟)がどれだけ苦しみ、肩を寄せあってきたか、歯を食いしばって耐え忍んできたか・・・二人の佇まいがそれを物語っていた」

    最初は、双方なにを喋っていいのか分からず・・何の意味もなく、普段の「日常」の話をしたという。

    そして、面会終盤になった頃、少年A は口を開く。

    「僕のせいで、二人に辛い思いをさせてしまって、本当に申し訳ありませんでした。」

    すると、次男が必死に何かに耐えるように、前屈になり、やがて堪(こら)えきれなくなり、その場で声を押し殺して泣き崩れてしまう。

    その横で、三男は、やっとの思いで震える声で

    「A を恨んだことは一度もない。今でも、A が兄貴で良かったと本当に思っとる。」



    このシーンから、いかに二人(次男と三男)が事件後、悩み・苦しみ抜いて、生きてきたかが分かります。

    長男があのような凄惨な事件を起こして以降、二人が学校生活や社会生活の中で、どのような仕打ちを受け苦しんできたのか・・想像を絶します。

    特に、三男にいたっては、自分の仲の良かった友達(頭部を切断された男児)を、あんな残酷なかたちで、兄貴に命を奪われたのだから・・・

    あの事件の犯人が、自分の実の兄貴だと知った時の気持ちは計り知れません。

    それでも、あれから3年という月日の中で、彼なりに考え抜いたんでしょう。。最も複雑で苦しい答えを。

    「A を恨んだことは一度もない。今でも、A が兄貴で良かったと本当に思っとる。」

    (少年A の家族が、事件後どのような生活を送ってきたかは、以下の記事にもまとめているので、ぜひ。)

    → 神戸連続児童殺傷事件の犯人:元少年A「酒鬼薔薇聖斗」の本名(東慎一郎?西岡真?)や顔写真、現在の居場所や両親(父・母親)

以上。。

酒鬼薔薇聖斗の半生を綴った「絶歌」

本書を読んだ、僕なりの考察や感想でした。

神戸連続児童殺傷事件・元少年A の、公式ホームページ(ブログや絵) ~酒鬼薔薇聖斗は現在も終わっていない?

元少年A「酒鬼薔薇聖斗」の、公式ホームページ(ブログや絵)-1

元少年A:酒鬼薔薇聖斗は、「絶歌」を出版してのち、さらに自身の公式ホームページ(ブログやギャラリー)を立ち上げて、その旨を各週刊誌に送りつけています。

少年A 公式ホームページ:「存在の耐えられない透明さ」

(このホームページ名は、フランスの小説家ミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』をモジッたようである)

僕も、彼の公式ホームページが公開された。と報道番組で知ったときには、すぐにそのHP を見に行った。

HP では、元少年A のプロフィールや、ブログ・ギャラリー(少年A が描いたとされる絵画の一覧)が公開されていて、

ブログでは、彼が読んだ小説や映画の紹介や感想であったり、美術館に行ったときの話。また、読者の悩みに応える「Q & A」の記事も掲載されていた。

僕がココで驚いたのが、ブログ記事へのコメントだった。

1記事1記事、かなりの量のコメントが集まっていたのだが、その内容である。(以下、一部抜粋)

  • Aさんが精神科の先生だったら、絶対通ってたのに。。
  • Aさんの文章見てたら、元気が出ました。
  • 本当に、頭が良いですね。尊敬します。
  • 私は、中学3年生です。中1の時に酒鬼薔薇聖斗さんに興味を持ちました。私は、貴方が好きです。ですが彼女がいると言う噂に殺意があります。
  • 知りたいのよ。私は。Aさんの事が。私は見てるから。全然汚くないから。大丈夫だよ。
  • 人はどうして死ぬのでしょうね。人の心はどうしてあるのでしょうね。私は不思議です。
  • ところで、なぜ人を殺してはいけないのか、答えられる人っているのかね?

僕の予想では、彼に対しての批判的なアンチコメントがほとんどだと思ってたら、全くの逆。

集まっているコメントのほとんどが、彼を肯定していたり・尊敬していたりすような信者コメントがほとんどだったのです。

個人的に、コレ には驚きました。

そして、公式HP に公開されている「ギャラリー」。彼の作ったとされる絵や画像が公開されているのですが、

そこには、彼が小学生の頃、事件への最も初期段階の「前兆」だったとされる、当時解体していた「ナメクジ」が描かれていたのである。

僕はこの時、瞬間的に最悪のケースを思い浮かべた。

『彼の中に、まだ酒鬼薔薇聖斗という ”悪魔” は、生きているのかもしれない。。』

少年A は、「絶歌」にて、ナメクジの存在を以下のように表していた。

「心象風景」ならぬ「心象生物」という言葉がもしあったなら、不完全で、貧弱で、醜悪で、万人から忌み嫌われるナメクジは、間違いなく僕の「心象生物」だった。

ナメクジという醜悪な存在を自分に置き換えることで、ナメクジという生命体に興味を持ち、”生き物” の解体行為が始まった。

それは後に、カエルやネコへと対象を変えながらエスカレートしていき、最後には「人間」になって、あのような事件へと至ってしまった。

僕は、このギャラリーを見た時、身震いした。

現在は削除されているが、HP公開当初は、本物のナメクジが大量(100匹以上)に集められて、ハート型の容器に入れられている様を撮った画像が公開されていた。

おそらく、気持ちが悪く不快であると、多くの苦情が来たことで、削除されたのだろう。

僕自身もあの画像を見た時は、本当に寒気がした。



そして、公式HP が公開されてから後、少年A はさらに有料のメールマガジンの配信を開始する。(月額800円、隔週月曜日配信)

タイトルは、『元少年Aの ”Q & A”』

『元少年Aと、よりディープに、魂の触角と触角が絡み合うようなやり取りができるよう、新たに別な場所を設けました』 と自身の公式ホームページで説明していたが、

後日、このメルマガは、運営(FC2)によって凍結されている。

※配信元のFC2は、「規約上の違反、及び多数のユーザーに迷惑をかける行為」として、凍結の原因を説明している

これら、一連の動きは、彼がこの社会に、自分の居場所を必須に作り出そうとしているように、僕は感じた。

最後に・・・酒鬼薔薇聖斗の再犯の可能性について ~元少年A は結婚し子供を授かっていた?

元少年A の手記「絶歌」や、公式ホームページなど、事件から18年以上がたっても、たびたび週刊誌やニュース番組で報道されてきたわけですけど、

その度に、よく議論されるのが、

「酒鬼薔薇聖斗は、再び罪を犯してしまうのか・・」

僕は、この記事を書くまで、彼の手記を読んだり、ネット上にまとまっている、あらゆる情報を確認してきました。

その上で、僕が回答を出すとしたら、

「酒鬼薔薇聖斗が再犯を犯してしまう可能性は、非常に低い。」 ということです。

たしかに彼は、当時、犯してはらならない罪をおかしました。

残虐で凄惨なその事件は、世間にセンセーショナルな衝撃を与え、多くの反響をもたらしました。

上述しているとおり、当時中学2年生だった彼は、間違いなく精神が破綻していて、高い確率で精神異常者・快楽殺人者だったと思います。

ですが、あれから19年。

様々な人と出会い、かけがえのない家族の愛情を再認識し、被害者・被害者遺族への反省・謝罪の念を忘れることなく、一般社会で揉まれながら生きてきました。

彼は、絶歌にて、以下のように記述しています。

2004/3/10、少年院を仮退院してからこれまでの11年間、僕は必死になって地べたを這いずり、のたうち回りながら、自らが犯した罪を背負って生きられる自分の居場所を探し求め続けてきました。

人並みに社会の矛盾にもぶつかり、理不尽な目にも遭い悔しい思いもし、そのたびに打ちひしがれ落ち込み、何もかもが嫌になってしまったこともありました。

ギリギリのところで、いつも周囲の人達に助けられながら、やっとの思いで、曲がりなりにも何とか社会生活を送り続けることができました。

事件当時の僕は、自分や他人が、生きていることも死んでいくことも、「生きる」・「死ぬ」という、匂いも感触もない言葉として、記号として、どこかバーチャルなものとして認識していたように思います。

しかし、人間が「生きる」ということは、決して無色無臭の「言葉」や「記号」などではなく、見ることも、嗅ぐことも、触ることも出来る、温かく、柔らかく、優しく、尊く、気高く、美しく、絶対に傷つけてはならない、かけがえのない、この上なく愛おしいものなのだと、実社会での生活で経験したさまざまな痛みをとおして、肌に直接触れるように感じ取るようになりました。

人と関わり、触れ合う中で、「生きている」というのは、もうそれだけで、他の何ものにも替えがたい奇跡であると実感するようになりました。

たしかに、過去に彼の中に ”酒鬼薔薇聖斗” という悪魔が存在していたことは、まぎれもない事実です。

ですが、20年近くの時間の中で、自分の犯した罪を背負いながらも、様々な環境の中、様々な人と出会い、様々な体験をしていった事で、確実に、彼の人生観や価値観、行動理念などが大きく変化していっているのは、本書からも痛いほど伝わってきます。

事実、今(2016)から約11年前。

2005/1 に、保護観察期間が終了し、正式に少年院を出所し社会に出てから、今まで・・彼は、一度も再犯を犯していません。

さらに彼は、毎年、被害者の命日に、必ず被害者遺族への謝罪の手紙を送り続けているそうです。

また、真偽は不明ですが、本書には以下のような記載があります。

「子供を自ら持つようになって、過去に自分が犯した過ちの重さに気づいた。」

「自分にとって大切な存在は大勢いる。悲しみや喜びを共有できる存在は、たしかにいる。」

上記から、ネット上では多くの噂が巻き起こってますが、もしこれが本当なら、彼自身に「家庭」があることになります。

そして、「絶歌」の出版や、公式ホームページの開設といった、一連の動き。

彼は、自分なりの居場所を見つけ、自分なりの生き方を見つけたのではないでしょうか・・

本書の最後で、彼は以下のように語っています。

この11年、沈黙が僕の言葉であり、虚像が僕の実体でした。僕はひたすら声を押しころし生きてきました。
それはすべて自業自得であり、それに対して「辛い」・「苦しい」などと口にすることは、僕には許されないと思います。

でも僕は、とうとうそれに耐えられなくなってしまいました。自分の言葉で、自分の想いを語りたい。
自分の生の軌跡を形にして遺したい。朝から晩まで、何をしている時でも、もうそれしか考えられなくなりました。
そうしないことには、精神が崩壊しそうでした。

自分の過去と対峙し、切り結び、それを書くことが、僕に残された唯一の自己救済であり、たったひとつの「生きる道」でした。
僕にはこの本を書く以外に、もう自分の生をつかみとる手段がありませんでした。

自分にとってかけがえのない大切な存在を見つけ、過去に犯した罪を背負いながら自分の生きる道を見つけた、今の彼に、

僕は、再犯を犯す可能性は極めて低いだろうと。。そう感じています。

以上、僕が彼の半生をつづった手記:「絶歌」を読んでみて出した、一つの結論です。

ではまた、じゃーねー。

元少年A「酒鬼薔薇聖斗」の本「絶歌」を読み終えた、ゆとり君

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です